#183 舞台の時間?!

♪ シークレットステージへの挑戦 ♪

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【ウインターシアター・上手横廊下】

シアターロビーの客席に向かって右手隅。
カラレナとリキュオスとが進んでいった「非常通路」と反対側。
こちらにも、左手側と対になるように暗がりに埋没する形で、小さな扉が設けられているのを、ロビーの清掃を担当していたウーサーは気づいていた。

その先の細い廊下は、リー曰く、かつては避難路兼舞台上手袖への通路となっていたのではないか、という。
貸主から特に案内がなかったため、劇団もずっと開けずに済ませてきたようだ。
錆び付いた蝶番の為か、動きがぎこちない扉を開けると。
薄暗かったロビーから見てもなお、真っ暗な廊下が、まっすぐ前方へと伸びているのがわかる。
通路の幅は、ウーサーの体躯だと、窮屈に感じるくらい狭い。
■ウーサー
ちっ、狭ぇな! こっちも非常口だったりするのか……?
まあいい、急がないとな……・。

ウーサーはとりあえず周囲を見渡し、灯りとして持っていけそうなものーー取っ手のついたランタンとか、燭台の類ーーがないかを探った。
とはいえ、近くには無理やりに毟り取りでもしないかぎり、手元の光源として持っていけそうなものは見当たらない。
ウーサーは溜息をつきながら眉をしかめ、そして、真っ暗で狭い通路へと、肩を竦めながら踏み込んでいった。
■ウーサー
おっーーとっ。なんだこりゃあ、危ねぇなあ!

暗き道を精霊視をもちいてひとり進むウーサー。
移動しながら、装備交換を進めようと、前方に伸ばしたウーサーの左手。
その指先が、行く手を遮る形となっている「板」に軽く触れる形となったようだ。
勢いよく、あるいは物思いにふけりながら前進していたら、この「板」に衝突していた可能性は十分にある。
■ウーサー
コイツはなんだ……壁か? 行き止まり、なのか……?

ウーサーは反射的に引っ込めていた手を、再び前方へと伸ばすと、前にある「板」の周囲を手で探りはじめた。
どうやら「板」は、通路の上下左右を塞いでいるようだ。
探っていた手が、床面に近づいた時。
ウーサーの指先がひんやりとした、粘性のある湿っぽい何かに触れた。
ベタつきのある液体が、「板」と床との隙間から漏れ出しているようだ。
■ウーサー
ん? なんだこりゃあ……下から漏れ出してきてる、のか?
てこたあ、コイツはもしかして……開く、のか?

念のため精霊たちの気配に再び気を凝らしてみてから、ウーサーは「板」や壁を調べなおしはじめた。
■ウーサー
外と繋がってたり、は……いや、ここら辺りはまだ、客席の傍のハズだったっけっか?
どれどれ? 「風」とか、ほかの精霊のはたらきは、と……。

感じられる精霊の気配は、外とは大分異なっている。
闇が強く光はない。
火はなく、水や大地の気配も身につけた持ち物からだけだろう。
劇場にまとわりつくような、僅かな負の気配を除けば、状況にそぐわない感覚はなかった。

「板」を手探りで調べていたウーサーは、下部に指をかける窪みのようなものを見つけた。
どうやらこれは、下から上に引き上げるタイプの大きな降ろし扉となっているようだ。
■ウーサー
おっと、これは……ビンゴかっ!?

窪みに指をかけると、ウーサーは扉を開けようと試みた。
建て付けが悪いのか、やや重く感じる降ろし扉だったが、筋力にモノを言わせるかのように、一気に引き上げる。
その瞬間。

板の折れる音、外れる音、金物同志がぶつかる音。
おそらく、扉の向こうには、棚でももうけてあったのだろう。
支えを失った板やら缶やら皿やらが一斉に降りそそがれてきた!
缶や皿に入っていた液体が、顔から、頭から、ウーサーの全身にねばねばとまとわりつき、鎧の隙間にまで流れ込んでくるのがわかった。
■ウーサー
うおお、おおおっ?!うげえっ、なんだこりゃあ……?

顔にかかったねばねばを拭いながら、指でこねたり、匂いを嗅いだりして試すウーサー。
色々と入り混じってわかりにくいが、食用ではないであろう、刺激のある種類の油の匂いや、パティシエの嗅覚に警報を鳴らす、饐えた卵白の匂いが目立つ。
指先に触れるのは乾燥したハーブに、ざらざらとした砂の感触、水のような液体から、ゼラチン状の塊まで様々だ。
かぶったものがなんであれ、とりあえず、すぐ洗い落とさなければならない危険な存在はなさそうだとは思える。
武器や鎧の手入れだけは、後で入念に行わなければならないだろうが。
■ウーサー
食い物っぽいのも、そうでないのも……? 小道具かなんか、かよ?
てか、この先はどうなってやがるんだ……???

改めて手を伸ばし、探ってみると。
崩壊した「棚」の先に、上部が奥に向かって斜めに傾いている「棚」状の段があるのがわかった。
こちらは何も乗ってはいないにも関わらず、横板は相当しっかりとした作りのようだ。
さらに手を動かすと、この「棚」の幅は通路に比べかなり狭いことまでわかる。
左右をすり抜ければ、相変わらず光の気配のないこの「通路」を、さらに先へと進んで行くこともできるかもしれない。
■ウーサー
おっ? これなら向こうに行けそうか……ってか、なんでこんな変は風に棚着けてるんだ???
あっといけねえ、こんな所で油売ってる場合じゃないか。って、油被ってるけどなっ?!

ウーサーはぼやきつつも先に進むべく、壁面に背中を押し当てるような形で、棚の右側を進みはじめた。
右腕は前に出し、左腕は「棚」の横板を探るように軽くつけながら、通路が再び広くなってくれるのを祈りつつ歩いていく。
片手を目一杯広げた位の幅で傾いた「棚」のようなものは終わり。
その先にはは先ほどと変わらない幅の通路が続いていた。
その真ん中を堂々と歩きながら先へと進むウーサー。
同時にウーサーは、全身に絡みつくべたべたに難儀しながらも、身につけた鎧を少しずつはずしていこうと試みていた。
先ほど、板に触れるまで緩めかけていた片手の篭手が、鈍い音をたてて床に落ちる。
■ウーサー
やれやれ、こんなんなら修理代なんか気にせず、さっきの広間でランタンでも、もぎ取ってーーおぉおっっっ!?

木の床とはいえ、反響音がおかしいと考える間もなく。
ウーサーの足元が大きく踏み抜けた。
プレートメールを着た身体が、ズブズブと床に沈む。
つんのめりかけた体制を、何とか立て直したウーサーだったが、どうやら両足の膝から下は、床にはまり込んでしまったようだ。
■ウーサー
……うっ、が〜〜〜っ!

言葉にならない雄叫びを上げながら、ウーサーは引き抜いたモールをぶん回しつつ、まだ「まっとうな」床があるかを確かめはじめた。
■ウーサー
ぐもー! るぼっ、ごがーっ!!

床の傷みはかなり進んでいるようで、ウーサーの格闘はそれから10歩以上続いた。
床板に手応えが感じられるようになり、次の一撃で確信が持てるとウーサーが考えたその時。
■ウーサー
ぎげこはははっ(嗤)、どうだざまあみやがれ、オレ様にかかりゃあ、余裕でこんなモンはーーんを?

金属と堅い木とが激突する、乾いた音と共に、手首を予想外の衝撃が襲う。
どうやら前方の頭上に渡された「何か」にモールの先端がぶつかったようだ。
■ウーサー
くっくっくっ…オ〜ケイOK、こりゃあアレだな? ハマった所から小踊りして飛びだしたら、頭をゴンっといっちまうってんだろお〜?
甘い甘い、あまいぜぇえ〜? リュナの作ったオムレツより甘いぜ〜?

なんだかもう、誰に戦いを挑んでいるんだかわからない的な口調でつぶやきながら、ウーサーは前方の安全性や空間の広さをモールを振って確かめてから、固さを取り戻した床へとはい上がった。
這い上がったウーサーが、次の一歩を踏み出す間もなく。
動かしたモールに、がたごとと木がぶつかる音がする。
どうやら前方には、先ほどと同じ形をしたーーただし今度はウーサーのいる側に向かってやや傾いたーー「棚」のようなものが設けられているらしい。
先ほどモールがぶつかった「木製の何か」も、どうやらその一部ではないかと思われる。
手で触れて見る限り、左右の隙間の位置や幅も、先ほどと変わらないようだ。
■ウーサー
……なんなんだ? 此処は。棚作るにしたって、なんで傾いて……いや、そんなこたぁ後で聞きゃいいか。
それにしても今、どの辺りなんだ……?

左手側の壁を軽めに叩いて音の反響を聞いてみたりしつつ、ウーサーは現在位置を推察しようと試みた。
とはいえ、盗賊としてのスキルを持っているわけでもなく、ましてや金属鎧を着たままである。自分の勘には大した期待もしないまま、すぐに先に進むことを決めた。
再び身をよじり、また棚の横の隙間を抜けていこうと試みる。
■ウーサー
くそっ、狭いぜ……どれどれ? そろそろ、ステージの近く位だったっけっかな?

壁を叩くと、堅い手応えが返って来る。
何か非常に堅いものの上に木が貼ってあるような感じだ。
身をくねらせ、「棚」の横をなんとかすり抜けたウーサー。
再びモールを構えようと体勢をとった彼の目に飛び込んできたのは。
正面の壁の左右、そして床との隙間から微かに漏れ出す光の筋であった。
念のため、「光の筋」の見える場所までの足元にゆっくりと爪先を出し、安全性を確認しながら前に進む。
ウーサーは軽く光の筋に囲まれた内側にそっと手を触れてから、その向こう側の様子を探るべく耳を凝らした。
その時ウーサーの耳が、左手奥の何処か遠くから響く木が軋むような音を捉えた。
ぼきぼきと小枝が折れるような音がそれに続く。
そして、劇場内にもこだまするかと思われる、大音響の倒壊音。
ウーサーが触れている「板」にも小さく小刻みに震えが来た。
■ウーサー
なんだぁ、この音っ?! まさか、舞台で何かあったのか?

ウーサーは「板」に手をかけ、それを少しばかり開いて向こう側の様子を観察できないか、試してみることにした。
「板」は、先にあったのと同じタイプの降ろし扉のようだ。
扉の下部を下から上に持ち上げたウーサーは、身体を丸めるようにして、向こう側の様子を探ろうとした。
微弱な光が差し込む先に、扉の前に吊るされていると思われる織布が見える。
そして、布を持ち上げようとした誰かの手がーー
■ウーサー
っ?!

次の瞬間、扉が動いたことに気がついたのだろう。
瞬きする間もなく、その手はウーサーの視界から消える。
■ウーサー To:???
おい……誰か居んのか? 舞台はどうなってる?

ウーサーは反射的に引き抜きそうになった鉄刀の柄から掌を引き剥がしながら、視界から消えた「手」の持ち主に問いかけるつもりで、屈んだままの姿勢で囁きかけてみた。
■??? To:幕の向こうのナニか
ひ、ひいっ。あやしいものじゃないア…ございません。
あたしゃ、ただ頼まれただけで……。
ぶ、舞台ですか、はいっ、ただちにか、か、確認するアルです〜〜〜っ。

怯えきった、しかしどこか聞き覚えのある声が応え。
足音が敷物の敷かれた床を、走って行くのが聞こえた。
■ウーサー
ありゃ? なんだよ、結局誰か捕まえてきたのか?
まあ手伝うってんなら、改悛の情アリってことで、あとのお仕置きは控え目にしてやっかな…。

ウーサーはぼやくように囁きながらモールを背負いなおすと、自分の巨体でも屈んで通れる程度に「扉」を押し上げた。
そして、その先がいきなり舞台という訳ではなさそうだと判断し、籠手を外しながら布を潜る。
めくりあげた布をくぐり抜けた先は、リーと打ち合わせをした大きめの楽屋だった。
明かりはほとんど落とされ、ロビー並の薄暗さの空間に、今は誰の姿も見えない。
通路に捨ててきた右に続いて、ようやく外れた左の篭手には、何処で付いたのか、緑色の塗料がべっとりと付着していた。
塗料が乾く前に張り付いたらしい木っ端が、アイシングを思わせる泡の隙間に、棘のように張り付いている。
篭手を床に放り出すと、ウーサーは通路に出て、楽屋の間を舞台に向かって歩き出した。
楽屋通路には、人影は見えない。
舞台袖の方向から、明かりが差し込んでいるのがわかる。
先にリーが「早変わり部屋」と説明した、舞台上手袖に到着した頃、ウーサーはべたつく胴鎧の締め紐をようやく緩め終えたところだった。
■ウーサー
よし、なんとか辿り付けたか……! どれどれ〜?

ウーサーは更に進み、迂闊に顔を覗かせてしまわないよう気をつけながら、様子を探るべく舞台の上に目を凝らした。
真っ先に目に付いたのは、舞台上に転がっている、大人の人間二人分はあろうかという大きな木材であった。
先端はこちらに丸みを帯びた断面を向け、反対側の端は向かいの舞台袖に突っ込んでいる。
丸太の周囲には、それを釣っていたであろうロープや、支えと思われる木片、金具などが散乱しているのがわかった。
先ほどの大音響の正体は、おそらくこれが落ちた音であろう。
■ウーサー
なんだありゃあ……演出、なのか???

続いてウーサーの目に飛び込んできた光景。
それは、舞台中ほどに倒れ伏しているベッツと、その横で様子を見ている風な、カラレナ、リキュオスの姿であった。
■ウーサー
なんだなんだ……? とりあえず様子見るか……。

ウーサーは残りの鎧を外しながら、暫し舞台上の様子を観察してみることにした。

どうやら、カラレナが怪我を負い、トンガリことリキュオスを糾弾しているらしい。
そのカラレナが、ベッツを助け起こすと、客席から拍手と歓声が湧き上がる。

ウーサーが、格闘の末、赤やら青やらのあぶくに覆われたトゲだらけの胴鎧を外し終えた頃。
「勇者ドレッダール」が「ウサヤーン」の名を出しているのが聞こえてきた。

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