道化師がふたり
学院を辞したゾフィーは、次第に茜色に染まり始めた空の下、遠くに霞んで見える王城のシルエットを認めつつ歩き出した。
ゾフィーの記憶では、王城とファリス神殿に挟まれた界隈に、「道化師通り」と呼ばれる一風変わった通りがあったはずだ。
■ゾフィー To:内心
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(ま、変わり者の好みは、変わり者に聞けとも申しますし…… 。
確かこのあたりにあったはずですけれども。)
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夕闇がやけに濃く降りてきているかのような、薄暗い通り。
通りの名も記されていないその場所を歩いて行く。
見回せば、小さなランタンが灯された扉をいくつも認めることができた。
人形店、仕掛け玩具店、何の看板も出していない店(らしき建物)などがひっそりと佇んでいる。
■ゾフィー To:内心
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(さて、どの店から検討していくのが効率的かしらね。)
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種族特有の暗視を生かし、苦もなく各店の看板、演出を確認しながら、ゾフィーはゆっくりと歩みを進めた。
■ゾフィー To:内心
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(おや、彼処は確か……開いているとは僥倖ですこと。)
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傾きかけ、まるで空から落ちてきて地面にめりこんだかのような格好で建っている小さなレンガ造りの店。
看板も何も出ていないが、斜めに歪んだ扉には「OPEN」の文字が刻印されたプレートがある。
プレートの角には、ピエロを模した小さな人形が、はっしとしがみついていた。
ゾフィーの記憶では、この店は「マリエール」という、ややブラックな人形玩具店だったはずだ。
■ゾフィー To:店内
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…………。
ごめんくださいませ。
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中に入ると、思ったよりも広い空間を埋め尽くす、多数の視線──
それは控えめなランタンの炎に照らし出された、ぬいぐるみや、清楚なお人形や、からくり人形たちの目だった。
■瑠璃色ローブの女 To:ゾフィー
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あらら、お客さんだ。おっはよう〜♪
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小さなランタンが置かれたカウンターで、頬杖をついている女性。
空いているほうの手には、彼女とそっくりなマペットがはめられている。
■瑠璃色ローブの女(ヒナタ) To:ゾフィー
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あたし、ヒナタ。店主みたいなモノ。
こっちは、相方のカゲナ。マネージャーみたいなモノ?
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ぺこ、とおじぎするマペット。
どう見ても腹話術なのだが、声色は見事なほどに変化していた。
■ゾフィー To:ヒナタ
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丁寧な挨拶どうも、ゾフィーと申します。
人形を探しておりますの。
こちらの相場はいかほどかしら、予算は1体で、1000、500、20、5、それぞれのラインで見せて頂戴。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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ん〜、同じ値段でもいろいろあるんだけど。
まさか全部在庫を引っ張り出すわけにもいかないし?
どんなモノをお探し?
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■ゾフィー To:ヒナタ
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そうね…子どもとオトナコドモに受けのよいものがいいわ。
最新流行でなくとも結構。
でも、田舎では度肝を抜かれるような印象性がほしいわね。
安価なほうは、同時に数が揃うもの。
「マリエール」ならではの出会いを期待させていただいてもよろしいかしら。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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な〜るほど〜。アナタ知ってるクチなのね〜。
了解、それじゃ砂時計1本分、待っててもらえるかしら♪
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ヒナタはマペットを無造作に外してカウンターに置くと、そばにあった砂時計をくるんと回転させ、店の奥のほうへとスキップで去って行った。
厚みを失い、くったりモードでゾフィーを見つめている。
だが、ゾフィーの興味はすでに壁際のアンティークドールに移っていた。
■ゾフィー To:内心
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(べロックスタイルのドレスに磁器のカシラの組み合わせは珍しいわ。
複製でないとしたら……これはちょっとしたコレクター泣かせかもしれませんわね。
おや、こちらの娘はかのリヒテンシュタイン作の……)
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しばらく後。
ぴったり砂時計が落ち切ってから、ゾフィーの前にはずらりと蔵出しの品物が並べられた。
そしてヒナタはカゲナマペットを片手にはめ直してから、説明を始める。
■ヒナタ To:ひとりごと>ゾフィー
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ふーっ、やっぱりアシスタントがいないと大変ね……。
おっまたせ〜、「子どもびっくり都会的」なキーワードで選んでみたわよ。
まず1000ガメル、からくり王城。
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1メートル四方ほどのお城を模したそのおもちゃは、まさにゾフィーがここに来る前遠目に見ていた「オラン王城」そのものだ。お城を縦に割った形になっており、中身が丸見えになっている。
ロビー、謁見室、会議室、王の私室、沐浴室などなど。
もちろん、王城に入ったことの無いゾフィーはそれが真実なのかわからないが──
中庭にある銅像をポチッと押し込むと、中に住まう人々(人形)が細かく動き出す。
よくよく観察すると、「大臣たちの怪しげな密会」が起こっていたり、「姫の赤裸々な入浴シーン」が再現されていたり、「どう見ても暗殺未遂事件」がダークコミカルに展開されていたりする。
■ヒナタ To:ゾフィー
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スイッチ押すたびに、いろんな事件が起こるのよ♪
地下からモンスターに襲撃される事件が、最もレアなの。
イベント数は合計100種類!!
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■ゾフィー To:ヒナタ
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!!
これは、噂にたがわず見事な……。
で、これらのイベントに打ち止めはございますの?
それから、他の国のヴァリエーションはございませんか?例えば、ロマールですとか。
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目を見張り、感嘆の表情を隠そうともせず、しげしげとからくりに見入るゾフィー。
■ヒナタ To:ゾフィー
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スイッチ切るまで、同じイベントを繰り返すのよ〜。今の状態だと、3つね。
スイッチ入れ直すたびに、ランダムでいろんなイベントが出てくるってわけ。
バリエーション? あるわよ、あるわよ〜。ロマール、ファンドリア、ラムリアース。
仕様とお値段はどれも一緒♪
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■ゾフィー To:ヒナタ
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それはそれは……そうそう、動力はどうなっておりますの?
無限ということはございませんでしょう。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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実は、地下に巨大なましょおせきが埋め込まれていて……げふんげふん。 企業秘密、企業秘密なのっ!? そこはあんたっちゃぶるなトコなのヨン♪
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■ゾフィー To:ヒナタ
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ほお〜ぅ、では、どのくらい動き続けるのかはお楽しみというところかしらね。
まあいいわ、他の品をみてから考えることにいたしましょう。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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で、次はこれ。
500ガメル、空飛ぶ船。
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大きな帆と回転する羽根のようなものをもつ船と、その船尾に、細い鎖でつながれたドラゴンのぬいぐるみ。
船底のスイッチを押すと、小さなこまごまとした船員たちの人形が、あわてふためくように動き出し、羽根が回転を始める。
そしてぶーんという音とともに空中に飛び立った。
店内を大きな弧を描きながら飛ぶ姿は、まるでドラゴンに追われて逃げ惑っているかのように見える。
■ヒナタ To:ゾフィー
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しばらくすると回転が止まるから、しっかり受け止めてね。
ちゃんと受け止めないと、どっか〜ん☆って爆発する仕掛けになってるから。
スリリング〜!
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■ゾフィー To:ヒナタ
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まあ賑やかな……とはいえ爆発とは穏やかではございませんわね。
念のために伺いますけれど、その威力はいかほど?
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ゾフィーは右眉をわずかに持ち上げると、半開きにした銀の扇で口元を隠すようにし、ヒナタにむかって尋ねかけた。
■ヒナタ To:ゾフィー
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んふふっ、実はなんともないの。どか〜ん☆って音が鳴って、火花がきらきらって散るだけで。
ドッキリびっくり箱みたいなもんね♪
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■ゾフィー To:ヒナタ
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ほう、どっかーん★といった後も、また元通りに飛んでくれるのかしら。
それだとしたら、結構使えそうね。
子どもが好奇心でバラそうとしない限りは。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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もっちろん、こちらは約40年の動作保証付き!!
あ、バラしたら保障対象外だから。修理は有料で受け付けます〜〜♪
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■ゾフィー To:ヒナタ
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では、こちらをいただくことになりました時はきちんと保証書をつけてくださいませね。
それでは、数がものをいう品々も拝見させていただきますか。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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次はこれ。
1体20ガメルと、5ガメルね。
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エルフ、ドワーフ、人間、グラスランナー、さまざまな種族を模したマペット。
そして、手のひらに乗るくらい小さな、草原には居ないであろう色鮮やかなの鳥の模型。
■カゲナ To:ゾフィー
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お洋服付き……。
着せ替え……。
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明るくほほえむかわいらしいマペットには、よく見ると頭や胴体に切れ目が入っている。たくさんのお洋服や小物類が付属でついているようだ。
冒険者風な装備(すべてやわらかい布で作られている)もあれば、ふりふりのドレス、水着のようなものまである。
そして布製の剣や斧や弓まである。
■ヒナタ To:ゾフィー
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この切れ目にね、武器がぴったりおさまるの。ほら♪
か〜わいいっ♪
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やわらかい斧を、冒険者風の格好をしたドワーフの頭にぐさっとねじ込んでみせた。
穏やかに微笑むさまと相まって、なにかシュールな世界を作り出している。
■ゾフィー To:ヒナタ
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………………。
………。
いえ、これは結構よ。
昔……ゼ…ぇぇっと、わたしの娘もね、こんな人形でよく遊んだものだわ。
馬……ぃぇ器用な遊び相手がおりまして、この手の加工をよくやっていたものです。
ということで、あえてみやげに選ぶほどのものでもなさそうね。
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こわばりかけた口調を抑えるかのように、小さく息を吸い込みゆっくりと吐き出したゾフィーは、おもむろに最後に残った鳥の群れに視線を向けた。
■カゲナ To:ゾフィー
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……なでると、鳴く……。
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色鮮やかな鳥を、カゲナのまるい手がひと撫ですると、「ぴよ」と鳴いた。
20体ほど並べられたそれらを次々となでていくと、「ぴよぴよ」「ぴぴぴぴ」「ほーほけきょ」「げっげっげっ」「きゅーくるくる」「ぎゃーっぎゃーっ」……さまざまな鳴き声で店内は、耳が痛くなるほどの大合唱に包まれる。
その音を切り裂くようにして、さきほどの船がぶーんと(いまだに)飛んでいた。
■ヒナタ To:ゾフィー
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止めるときはーっ、ぺしっと頭を叩いてやればOKよーっ♪
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大合唱にまけじと、ゾフィーの耳元で大声を出すヒナタ。
左手の銀扇をぱしりと閉じるや、ぴしぴしと鳥の頭をはたいていくゾフィー。
「ぴっ」「ぐえっ」「ぎょっ」などとつぶれたような声を立てながら、鳴くのを止める鳥たち。
■ゾフィー To:ヒナタ
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で、この鳥の在庫は、20体が限界かしら。
どうせなら、せめて100体は並べたいところですけれども。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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あるわよ、あるわよ〜、確か500体はあったはずだから安心してオ・ト・ナ・買・いしていってほしいわん〜☆
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回転力を失って落ちてきた船を、すっぽりとやわらかくキャッチ。
■ゾフィー To:ヒナタ
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安心いたしましたわ。
あとは予算……つまらないことは考えたくないですけれど、わたくし個人のお金というわけではござぁませんから。
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静かになった鳥達をしりめに銀の扇を袖口に収めると、そのまま袖内で腕を組んだゾフィーは、頭をかしげるようにしてヒナタを見た。
■ゾフィー To:ヒナタ
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品物を決める前に、もうひとつ伺ってもいいかしら。
この店の店主は、メイクアップアーティストであるとも耳にしまして。
口元に付ける紅、ですけれどね……紅色ではなく、青や緑に染めるような品の用意はございまして?
同じような色で、髪を染めるものも……できれば、洗い流せるといいわ。
それから、顔を白く塗るドーラン、赤い付け鼻。
遊びで用いる量として20人分ほどを見越したら、お代はいかほどでしょう。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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ありゃりゃ〜、良く知ってるのね〜。
もっちろん、あたしの本流はふつーのメイクよりも、むしろ道化っぽいほうだモン〜♪
それにしても、ヒトは……ドワーフは見かけによらないっていうか、もしかして劇団関係の方?
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言いながら、変わった形の算盤(串刺しの珠を上下に動かして使うらしい)をぴしぱしとカゲナに弾かせて計算。
■カゲナ To:ゾフィー
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……しめて、60ガメル……。
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■ゾフィー To:ヒナタ
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わかりました、ではね。
空飛ぶ船を1隻、それから鳴き鳥達は82羽いただくことにします。
鳥の外見と鳴き声はできるだけ違うものを用意してね。
化粧道具は予備も含めて30人分…90ガメルでよろしくて?
これできれいに1000ガメルということになりますわよね。
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アイネリカから預かった1000ガメル入りの袋を、そのままカウンターに置くゾフィー。
■ヒナタ To:ゾフィー
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OKOK、ばっちりよーってニコニコ現金払いなの!?
お客さん、なかなかの強者だわね……。
それじゃあ、ご希望の場所にお届けしますわ♪
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■ゾフィー To:ヒナタ
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おそらく馬車で運ばせることになるでしょうから、梱包はしっかりとお願いしますよ。
船だけでなく鳥もね、ああ、その包みは途中で素人が開いても、簡単に元に戻せるようにもしておいて頂戴。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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は〜い、了解っと♪
プレゼント用にひとつひとつリボンつけましょうか〜?
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■ゾフィー To:ヒナタ
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そこまでしなくて結構。
動きのあるものは、初見で押したほうが迫力を増すでしょうから。
82羽をいちいち解いていたら、タイムラグが生じてインパクトが薄れてしまうわ。
それでは明日の早朝までに、オラン北東区域にあります『銀の網』亭という冒険者の店で受け取れるようにしてくださいませな。
もちろん、荷造りを終えた状態でね。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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個別プレゼントじゃないのね〜、了解了解。
確かに承りました〜♪
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■ゾフィー To:ヒナタ
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ところでその城の仕掛けもの、気に行ったわ。
今回とは別のみやげに考えておりますの。
旅から戻った頃合いで……10日ほど後になりますかしらね……こちらを訪れたら、購入することはできまして?
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■ヒナタ To:ゾフィー
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あららん、嬉しい♪
もっちろん、今からご予約いただけるのであれば♪
「CLOSE」の時は買い付けの旅に出てるから〜、いつ戻ってくるか掲示しとくわね☆ どの城にするかはもう決めたのかしらん?
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■ゾフィー To:ヒナタ
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ファンドリアでは、あまり意外性を感じませんし……。
ラムリアースも魅力的でしたけれど、やはりロマールにしておきますわ。
中身を確認させていただいた上で包装をお願いすると思いますので、宜しく頼みましたわよ。
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■ヒナタ To:ゾフィー
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は〜い、じゃあロマールひとつ、ご予約っと♪
お客さん、なかなか良い趣味してたわね〜。
今後とも「マリエール」をよろしくね♪
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■ゾフィー To:ヒナタ
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そうね、また寄らせていただくわ。
では、ごめんあそばせ。
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ヒナタに対して軽く会釈をすると、「マリエール」を後にするゾフィーであった。
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