知識のとびら
リコリスとゾフィーは、勝手知ったる道を通り抜け、賢者の学院へとやってきた。
さほど混み合っていない入口を抜けて、まっすぐ図書館へと向かう。
いつもなら司書が座っているはずの、「貸し出し返却カウンター」の下から、何やら必死そうな声と、何かがぶつかった鈍い音。頭を押さえながらむっくりと顔を出したのは、司書の制服を身にまとった少女。
涙目のまま、精一杯の司書スマイル。
ぐっ、と両手で握りこぶし。
このままゾフィーをほっておくと、どこまで項目が積み上げられていくのかわからない。
ゾフィーの注文を必死に羊皮紙に書き留めようとするが、羽根ペンがもたもたと動くのみで、まったく追いついていない。
こつこつと石突きを動かしかけた手を止め、左手で杖を何度か握り直したゾフィーは、声を抑えるようにつとめつつ言葉を紡ぐ。
羽根ペンをわたわたと仕舞い、カウンターから出てくる。
リーヴルにてけてけと案内され、見上げるほどに高い本棚の前まで歩いてきた3人。
そう言ってうんしょと脚立を3台、本棚の前に並べた。
杖を右腕に架けると、意外にもしなやかな身のこなしで脚立によじ登るゾフィー。
本に触れることが楽しいのか、生き生きと下段の右側から吟味していくリーヴル。
少し離れたところにしゃがみ込んで杖を床に置くと、肩の上のパティも下におろす。
リーヴルに言われたあたりの本を見ていく。
外界の変化に気付いたのか、よじよじ、とかばんからにじり出てくる。ふたの隙間から頭をにゅっと覗かせると、パティと目が合った。
あわててかばんの中に退避するパオ。しっぽだけがかばんの口からはみ出して見えていた。
リコリスは慌てて、だがパオを驚かさないようにゆっくりとした動作でパオに近づく。
「ぷぅ」というかわいらしい音がして、リコリスの周囲(正確にはかばんの周囲だが)がほのかな臭いを帯び始めた。
そう言って顔を赤らめながら、無邪気にリコリスを見る。
かばんをゆっくりと持ち上げ、パオの大好きな穴の状態に近づける。
これ以上ここに匂いがこもらないように、一旦外に出る。
にこにこと。特に気にしていないようだ。
両腕で抱えていた本の山を、杖を架けたままの右手だけでひょいと支えると、ゾフィーはすたすたとリコリスに近づいた。
パティはリコリスの声にあわせるように、ゾフィーの足元に近づいた。
膝を折り、空いていた左手でパティをすくい上げたゾフィーは、そのまま無造作に黒兎を小脇に抱え、リーヴルを振り返った。
嬉しそうに、今なら木にも登れるといった勢いでいそいそと本を積み上げる。 ──しばらく後。
リコリスは楽しそうに図鑑を1ページずつめくっていく。
手元にある本の頁をすばやくめくり、書かれた内容を目で追いながら、リコリスのささやきに器用に応えてみせるゾフィー。
鼻を鳴らして応じたゾフィーだったが、手元の本から目を上げ、頁を開いたままリコリスの手元に押しやった。
ゾフィーは顔を上げ、ふたたびリーヴルを呼び止めた。
その甘美な響きにしばしうっとりモード。
再びうっとりモード。
最後の部分は、リーヴルに聞こえないよう声をおとしてささやくゾフィー。
リコリスは来た時と同じようにパティを肩に乗せると、出してきた本を書棚に戻して、市場に買い物に行くために出て行った。
Pの2810の棚へとてけてけ移動し、今度は身を屈めながら下段の棚を丹念に調べ始める。
本のタイトルと「貸し出し中」の文字が書かれた板をぴっと指差しながら、ゾフィーを振り返る。
ぐるりと目を廻す形で天井をあおぐゾフィー。
──しばらく後。
三たびドリーミングモード。
懐中に銀の扇をおさめ、代わりに羊皮紙と孔雀羽根のペンとを取りだしたゾフィーは、内容を リーヴルから隠すことなくさらさらと文章をしたためだした。
うやうやしく押し頂いた。
そっけないながら、どこかゆとりを感じさせる口調を残し、すたすたと歩み去るゾフィーであった。
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