水の市場
図書館を出たリコリスは、すっかり落ちついた様子のパオとパティを連れて、学院近くの商店街で開かれている市場──通称「水の市場」へとやってきた。
放射状に伸びる道の中央に、大きな噴水があることがその名の由来だ。
わずかにオレンジ色を帯びてきた空に、気持ちのよい噴水の音が響いている。
この時間帯になっても、あわてて食材を買い求める主婦や、ちょっとおしゃれな生活雑貨を見て回る若いカップルの姿で賑わっていた。
にょっ、とふたの隙間から顔を出して、鼻先をひくひく。
どうやらお腹が空いてきたようだ。
■リコリス To:パオ>パティ
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あ、お腹すいた?
じゃあ、おいしいもの探しにいこうね〜。
パティ、そっち側お願いね。
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リコリスは市場の中を肩に乗せたパティの視界も利用して、乾燥果物&野菜を求めてきょろきょろしながら歩き出した。
■あごひげおじさん To:ふと眉おじさん
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……というわけでね、なんともけったいな猫だったのさ。
ありゃあ絶対、新種だね新種。
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■ふと眉おじさん To:あごひげおじさん
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しっぽ2本とはまた、かわいらしい特徴じゃあねぇか。
なんなら、捕まえてやりゃあよかったのに。
学院に言やあ、高く引き取ってもらえたかもしれんぞう?
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■あごひげおじさん To:ふと眉おじさん
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バカ言うんじゃねぇよ、とんでもねぇモンスターだったらどうすんだ!
どうせ港は混雑してたからな、いまごろ人ごみに紛れて……
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麻袋を肩に抱えたふたりのおじさんが、雑談に花を咲かせながら、リコリスのそばを通り過ぎる。
■リコリス To:ふと眉おじさん、あごひげおじさん
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??(しっぽ2本の猫? それって!!)
こんにちは、おじさん。今珍しい猫がいるって聞こえたんだけど、どこにいるの?
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顔を傾け、猫耳をピクンとさせながら尋ねる。
■あごひげおじさん To:リコリス
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ん? こんにちは。
ああ、聞こえちまったのかい? 2本しっぽの珍しい猫は、港湾地区の港の、商船のあたりで見たのさ。
ありゃあたぶん……アザーン諸島から帰ってきた船だろうな。
船の荷物から這い出してきて、あっという間に人ごみに消えちまったのさ!
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■リコリス To:あごひげおじさん
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アザーン諸島から帰ってきた商船!?
(ライチ帰ってきたのかも♪)
ありがと、おじさん、あとで港に行ってみる。
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リコリスはおじさんたちにお礼を言うと、弾むような足取りで市場の中を再び歩き出した。
パティビジョンから、アンテナにひっかかるものが飛び込んできた。
色とりどりの乾燥させた野菜や果物が、ひとつひとつカゴに入れられて売られている、小さな屋台。
さながら絵の具を並べたパレットのようだ。
鼻をひくひく、身を乗り出さんばかりの勢い。
■屋台のおじさん To:リコリス
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やあ、かわいいお嬢さん。
どうぞ、見ていっておくれ。バナナやイチジク、りんごやチェリー。
野菜なら、にんじんやキャベツ、かぼちゃやじゃがいも。
彩りで選んでも楽しいよ?
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恰幅の良い売り子のおじさんが、両手を広げて商品を紹介。
■リコリス To:屋台のおじさん
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おじさん、この子達に選ばせたいからちょっとずつくださいな。
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リコリスは20ガメルを手に乗せて、おじさんに差し出す。
■屋台のおじさん To:リコリス
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おっと、試食かな? それなら5ガメルだけもらっておこう。
端から端まで、どれでもひとつまみずつ試していいよ?
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ずらりと並んだ小さなカゴに、パオは目をきらきらさせている。
■リコリス To:パオ
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じゃあ、好きなのはどれかな?
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リコリスは5ガメルを支払うと、籠の中からひとつまみずつ取ってはパオの鼻先に近づけていく。
バナナ、イチジク、りんご、チェリー、にんじん、キャベツ、かぼちゃ、じゃまいも。
そしてメロン、なつめ、いちご、くるみ、ひまわりの種。
ひときわパオの鳴き声が高くなったのは、にんじん、なつめ、くるみの3種。
■リコリス To:屋台のおじさん
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おじさん、これいくらぐらい?
あ、あと、リコね、泡立ちのいい石鹸探してるの。
どこかいいお店知らない?
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■屋台のおじさん To:リコリス
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ほい、一袋5ガメルだから、みっつで15ガメルだね。
石鹸かい? なら、ちょうどここから振り返って、まっすぐ進んでごらん。
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にこやかに商品を渡しながら、リコリスの背中側を指差す。
■リコリス To:屋台のおじさん
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ありがと〜。
それ、11袋ずつもらってもいい?
あと、りんごとひまわりの種を1袋ずつ。
あ、そうだ。あと…広幅の皮紐売ってるお店知ってる?
んと、5cm幅ぐらいとか。
それか馬具屋さん。
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■屋台のおじさん To:リコリス
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ああ、それなら雑貨屋さんのさらに奥にあるはずだよ。
行ってみてごらん。
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商品を渡しながら教えてくれる。
■リコリス To:屋台のおじさん
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うん、わかった。行ってみる。
おじさん、ありがと〜♪
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乾燥野菜果物屋台のちょうど反対側へ歩き、続いていた細い通りに少し入る。
赤と白の垂れ幕をつけた、小さな荷馬車があった。
■売り子のお姉さん To:リコリス
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こんにちは、子猫さん♪
良い香りのする石鹸はいかが?
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荷台にはたくさんの四角い石鹸が、まるで色鮮やかなお菓子のように積み上がっていた。
フルーツの香り、花の香り、さまざまなものがあるようだ。
■リコリス To:売り子のお姉さん
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うわぁ〜、すごいいっぱいある〜♪
おねえさん、おもしろいぐらい泡だって、ふぅ〜って麦わらで吹いてシャボン玉にできるのってある?
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■売り子のお姉さん To:リコリス
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うちの石鹸は、どれもしっかり泡立つのよ♪
ちょっとやってみる?
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大理石のような色合いの四角い石鹸を持ち上げると、桶の水を使ってむくむくと泡立てる。
そこにふぅっと息を吹きかけると、クリーム状のきめ細やかな泡が空中を飛んだ。
■リコリス To:売り子のお姉さん
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うわぁ〜、いい感じ〜♪
リコもやってみる。
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リコリスは手に泡をたくさん付けると親指と人差し指で輪を作り、そこに泡の幕を作る。
そしてそっと吹いてみた。
ふるるっ、と膜が震えて、少しずつ、丸く反対側に伸びていくが……すぐにぱちんと割れてしまった。
■売り子のお姉さん To:リコリス
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あらら〜、残念。
でも、慣れればきっと上手く行くわよ、がんばって♪
あとは、子猫ちゃんの好きな香りで選んでね。
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■リコリス To:売り子のお姉さん
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ん〜、じゃあオレンジの香りのと……あ、あとこのグリーンティーの香りのがいいかも。
それからお姉さんのオススメのと合わせて100ガメル分くださいなっ。
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■売り子のお姉さん To:リコリス
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そうね、じゃあ、ピーチをおすすめしちゃおうかな♪
甘い香りで、ホッとするのよ。
それじゃあ、こちら。また来てね♪
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お姉さんはみっつをそれぞれ丁寧に包装すると、リコリスの手のひらに乗せてあげた。
■リコリス To:売り子のお姉さん
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うん、ありがと〜。
また来るね〜♪
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そしてリコリスは、教えてもらった皮用品店へと向かい、すてきな計画のための買い物をすませた。
リコリスは荷物を一旦置かせてもらうため、「アイネリカ」一座のテントへと向かったが、アイネリカはハンモックでお昼寝中、シーロンの姿は見えなかった。
■リコリス To:アイネリカ
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(ど、どうしよう?
気持ちよく寝てるとこ起こすのは悪いと思うけど……でも勝手にお土産置いていくのも……)
こんにちは〜♪
お土産買って来たよ〜。
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しばし逡巡した後、リコリスは大き目の声でアイネリカに声をかけてみた。
■アイネリカ
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Σ(=w=)...(=∀,=)Zzzzz...
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一瞬「びくっ」と身体が揺れたものの、すぐにまた、すいよすいよと寝息を立て始める。
完全に熟睡モードらしい。
■リコリス To:パオ
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………。
(起きない……。)
パオ、今日はこのままリコと一緒でいい?
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リコリスはかばんの中のパオを覗き込んで様子をみた。
■リコリス
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(暗くなってきちゃうし、もう行かないと。
手紙残しておこう。)
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リコリスは羊皮紙とペンを出すと、その場でカリカリと書き出した。
■リコリス To:
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(手紙)
「アイネリカさんへ
お土産の乾燥果物と野菜と石鹸置いておきます。
シーロンさんへ
シーロンさんいないし、アイネリカさんはぐっすり寝てるので、パオは明日まで預かります。
何かあったら銀の網亭まで連絡ください。
リコリス」
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リコリスは持ってきたお土産を置くとその上にわかりやすいように手紙を乗せた。
さらに落ちてしまわないように、乾燥果物の袋を手紙の端に重し代わりに置く。
■リコリス To:アイネリカ
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これで大丈夫かな?
じゃあ、また明日ね〜。
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リコリスはアイネリカを起こさないように、そっとテントから出て行った。
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