重戦士は甘いのがお好き
パティスリーとしてのひらめきを胸に、ウーサーは行きつけの製菓店へと足を向けた。
「銀の網亭」で出される(主にリュナからの)無理難題に応えるべく探し当てた、貴重な材料でさえも揃えることができる製菓店だ。
「銀の網亭」からも近く、利便性も完璧である。
賑やかな通りをぬけて、見慣れた看板を探す。
ピンク色の雲の形に、「製菓店・ティキティキ」と甘ったるい書体で書かれた木製の看板が、あいかわらず上品な通りから浮いて見えていた。
■店主(ティキティキ) To:ウーサー
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いらっしゃ〜……あらウーサー君。
今日はエプロンじゃなくて、そっちなの?
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ウーサーの装備を一見して、笑顔で応対する女性。
ブロンドの巻き毛が美しい、この店の店主だ。
■ウーサー To:ティキティキ
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ん? ああ、今日は「本業」の仕事の帰り……ていうか、最中でね。
ティキさん、最近は如何だい? 妙なのに迷惑かけられちゃいねぇか?
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ウーサーは輝かせた瞳を忙しく動かしまわらせながらも、ティキティキに笑みを交えた丁寧な挨拶を送った。
店内はさほど広くなく、こぢんまりとしている。
カウンターにはマフィンやクッキーなどの焼き菓子、棚には粉やチョコレート、豆類など、製菓材料が並んでいた。
生菓子は、板のメニューにイラストで描かれて掲示されているようだ。
■ティキティキ To:ウーサー
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良くわかるのねぇ……
今日は三丁目のトムソンから、熱烈なラブレターが来ちゃったわ。
おとといは四丁目のボブおじさんから……もういっそ、偽装結婚でもしたほうがいいのかしら?
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ティキティキは軽く肩をすくめて、分厚い封筒をひらひらと揺らす。
そして「処理済み」と書かれた箱の中にぽんと放り投げた。
■ウーサー To:ティキティキ
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なんだ、またかい? そりゃあ大変だな、看板娘さんもよ!
だが、偽装結婚なんざぁ止めときなよ、相手が可哀相だ……仮の旦那を後ろから殴りに来る奴が、殺到しちまうぜ?
ま〜でも、そんな程度なら安心だぜ。だけどな、また性質の悪い嫌がらせなんざしてくるような奴が居たら、何時でも遠慮なく言ってくれよ?
こないだみてぇに、キッチリ「調理」してやるからよぉ……?
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ニヤリと「戦士の貌」で嗤い、腰に佩いた剣の柄をぽんぽん、と叩いてみせる。
それを見てティキティキはぷくく、と楽しげに肩を震わせて笑う。
そしてウーサーもまた、無邪気そうな笑顔を取り戻した。
■ウーサー To:ティキティキ
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ちょいと小ネタを思いついたんだが、材料と道具――いや、器械か?――が足りないんだよ。
フレーバー付きのポップコーンと、バルバパパを作ろうと思うんだけど……野外で、な? こう、草原のグラスランナーとか遊牧民とか相手に。
道具見繕うの、手伝ってもらえないか?
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■ティキティキ To:ウーサー
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へぇ……ふふふっ、相変わらず面白そうなことしてるのねぇ。
運がいいわ、ウーサー君。
ちょうどこの間、バルバパパ用の器械を中古で安く売ってもらったばかりなの。
奥に置いてあるから、見る?
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細い指先で、くるんと巻き毛を弄びながら言う。
こういう仕草をするときのティキティキは、何か企んでいる──ウーサーはそれを知っていた。
■ウーサー To:ティキティキ
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へえ、「中古で安く」ねえ……? 取り合えず、見せてもらおうかな?
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今度はどんな「たくらみ」なのか、苦笑いしながら答える。
カウンター奥のキッチンをすり抜け、麻袋やタルが詰まれた「倉庫」のような部屋まで案内される。
薄暗いその部屋の壁際には、見たこともないような不思議な形の器械があった。
巨大な皿のようなものを支える足。ペダルのような突起。
おそらくペダルを踏めば、綿菓子を作るための回転が得られるのだろう。
■ウーサー To:ティキティキ
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おお、成る程な。コイツを踏んで皿を回すってワケか……うん、これなら楽して大量に、糸状にできるなぁ。
だが中古、なんだろ? 具合いのほうを、丁寧に確認しとかねぇと――。
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ウーサーの視線を遮るように、器械との間に立つと、いきなり細い腕をのばしてウーサーの首に絡ませてきた。
■ティキティキ To:ウーサー
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……ここなら、「誰も」見てないわよ……♪
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ほんとうに『見て』いないか(そして、ついでに『聞いて』いないか)を素早く確認しつつ、ティキティキの巻き毛を弄ぶ。
■ウーサー To:ティキティキ
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おいおい……「仕事の最中」だって、言わなかったっけっか?
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■ティキティキ To:ウーサー
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あら、私だって「仕事の最中」よ?
だから……ね?
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早く、と言いたいらしい。
その時、ティキティキの背中側──ウーサーが弄ぶ髪の向こうに見える小さな窓に、横切るひとつの影があった。
■ティキティキ To:ウーサー
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……。
あら、野良猫が見てるわね……どうする?
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窓をちらりと見たティキティキは、鎧戸の隙間から見える黒い影──確かに黒猫のようだ──に気付くと、探るような艶っぽい視線をウーサーに投げかけてきた。
ウーサーは真っ青な顔で、黒猫に注視している……。
■ティキティキ To:ウーサー
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ん……どうしたの? 顔が真っ青よ?
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■ウーサー To:ティキティキ
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い、いや……どうもなにも……スマン、無理そうだ。
猫が居るときは、如何にも駄目だって言ったろ? なんでか判らないんだが……(滝汗)
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■ティキティキ To:ウーサー
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あら、そうなの……? なんだかウーサー君、このあいだの依頼から帰ってきてから、妙に慎重よね……?
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■ウーサー To:ティキティキ
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別に慎重ってんじゃあ、無いんだが……どうしてか、俺にも判らないだよ本当に。
リュナと一緒ん時ゃあ、そんなこと無いんだけどなぁ……?
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ティキティキは鎧戸に手を伸ばし、こんこんと叩くと、黒猫は驚いたようにさっと逃げていった。
そして鎧戸を背にしてもたれかかると、もう一度ウーサーの首に両手を伸ばす。
■ティキティキ To:ウーサー
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ふふ、これでいい?
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■ウーサー To:ティキティキ
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……ああ。妙な汗かいちまったよ。
でも、もうちょいこっち来てくれよな? そんな窓の傍じゃあ、お隣さんに悪いだろ?
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窓の外に猫の気配が戻ってこないかに、何故か神経を尖らせつつ。
ウーサーはティキティキを傍らに手招き――
よ い こ は こ こ ま で !
■ウーサー To:ティキティキ
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…………。
じゃあコイツ、貰っていくぜ。
ついでにポップコーン用に、あそこに下がってる鍋と、あとコーンにフレーバー用のスパイスにこれとこれ、それからこれに……ザラメ糖に食紅、と。ああ、それにコイツ用の燃料も、持参してかないとな。
で、コーンはこっちのを4袋……いや、6袋にしとこうか。
ここまでで、まとめて幾らになりそうだい?
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■ティキティキ To:ウーサー
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もう、せっかちねぇ……。少しくらい休んでいけばいいのに。
器械は中古だから、そうね……燃料込みで100ガメルでいいわ。
鍋は50ガメル、スパイスとかコーンとか、食材系はまとめて80ガメルにしといてあげる。
いつも良くしてくれる、お・れ・いの意味でもね♪
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巻き毛を細い指で梳きながら、眠たげな目でウィンクを飛ばす。
そして食材を持ち運びやすいように、布袋にまとめはじめた。
■ウーサー To:ティキティキ
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悪ぃな、だが助かるぜ。じゃあ、依頼から帰ったら、お礼がてらに土産持って、また寄らしてもらうぜ?
俺の留守中になんかあったら、「銀の網」亭に相談しに行ってくれよな〜。
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纏めてもらった荷物を担ぎ、ウーサーはすこし多めにカウンターに積んだ。
■ティキティキ To:ウーサー
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何も無いことを祈りたいわ? 心強い「用心棒」さん♪
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■ウーサー To:ティキティキ
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なぁに、俺は「何か」あったほうが楽しいからな。それじゃ、またな〜♪
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ティキティキの声に肩越しに手を振り、ウーサーは意気揚々と店を出た。
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