#155 雲の上の話

『魔法の絨毯』を借りにミルフィーユとレイスがヨシュアの館を目指し、他の一行は、ガトーショコラ館を後にしてネイサン商会を目指した。
夜は深けたはずなのに、街は人通りも途切れることなく、明かりを付けた露店で賑わっている。
ネイサン商会に着いた丁度そのころ、『魔法の絨毯』に乗ったレイスが、ミルフィーユを送り届けた後、街行く人々の注目を集めつつ同じくネイサン商会に辿り着いた。

ネイサン商会も他の商店の例に漏れず、いまだに店を開けていた。
小売をしていない卸問屋なので関係ないようなものであるが、実際には祭りで品切れとなった商品の追加注文が殺到し、競り市場さながらの活気を帯びていた。
店の扉をくぐり、ネイサンに取り次いでもらうべく店員を呼び止めると、意外な一言が返ってきた。

ネイサンに会うべく教えられた通りに行くと、裏通りの目立たぬ所に鍛冶屋の看板を発見した。
中から光は漏れ、金属を叩く音が響いているが、「扉は鍵がかかり」しっかり閉ざされていた。
夜なので鍵をかけたのだろうが、しかし中は鍛冶仕事をしている最中のようだ。

周りの家々も扉は閉ざされ明かりも消えているが、これは家の住民が前夜祭にくりだしているだけだろう。

そのまま扉を叩かず、戸口に立ってしばらく耳を欹てるジン。
だがジン達には、鍛冶屋特有の音や臭い以外に、特に変わった様子も感じられない。
隣りの馬小屋には数頭の馬と、馬の切り離されたネイサン商会の馬車があったので、ネイサンは来ているようだが……。

ジンにならって聞き耳を立てようとする。
扉のむこうからなにやら…金床を叩く音や炉の燃える音が地下の方から響いてくる。かなりの……最低でも4人、場合によっては10人前後の人数が働いているようだ。

地下から響く音にまぎれているのかも知れないが、扉の向こう側からは物音一つ立っていない。

言いながらアールは、既に罠がないか扉を探ったり、鍵になにやら細工し始めた。しかし普通の家の扉と同じ物で、罠などは仕掛けられていないようだった、アールの試みで容易にあけることができた。

中に入ると、右手側にカウンターがあったり、壁に通常品質のブロードソードやレイピアが飾ってあったりする以外には特に変わった様子も無い。左手側の奥には３人が並べる程の広さのある下り階段があり、下の方からは光が漏れ、激しい金属を叩く音が響き、鉄の臭いや熱気が上がってくる。

にゃあと小さく鳴くと、階段を下りていくタークス。
降りた先はベランダ状になった廊下が続いていた、手すり側は下の階を見下ろす事ができる。
手すり越しに見下ろすと、下の床まで5m、縦10m横20mの長方形の部屋に大きな炉が２基、ドワーフ３人を含む鍛治師達と思われし人々が８人、奥にはネイサンの姿も確認できる。
カーン、カーン、カーンと熱く焼けた鉄を叩く音が響き、熱気を含んだ蒸気が昇ってくる。

廊下の先は階段になっていて、下に降りられるようだ。
廊下の先にある階段の下には、ロングスピアとラージシールドを構えたスプリントメイルの男２人と、ロングボウを構えたリングメイルの男２人が確認できる。

鍛治師の男は、ネイサンに豪快に笑って見せた。

それを「使い魔タークスを通して」見聞きしたジンが、一行に問いかける。

軽く答えて、階段を降りていく。

緊迫感のない様子で先へ進むとベランダ状の廊下から手摺越しにネイサンを呼ぶ。

声をかけられた作業場は、一瞬戦慄が走ったように見えたが、ネイサンが一行を認識すると、慌てて警備員達を止めて一行に話しかけた。

ネイサンが話しかけるのを見て、警備員達も安心したようだ。
「ふぅ、やれやれ…」と、あからさまに安堵している者も確認できる。職人達は何事も無かったように、作業を再開した。

一行を休憩室に案内すると、早速質問を切り出した。