【「別館」三叉路】 |
カラレナとウーサーとは、また、崩壊した「壁」の前の分岐路に戻ってきた。
瓦礫の山を見て、目を丸くするドレイク少年。
■ウーサー To:ドレイク |
ん、どうした? ああコレか。 お前が拉致られたんだとばっか思っちまってよ? つい力が入っちまった。 ま、アレだ。重剣士が本気出しゃあ、こんなモンは軽めの昼飯ていどってヤツだぜ! |
■ドレイク To:ウーサー |
ジュウケンシ? それってエイユウやケンセイとおなじくらいエライの? |
■ウーサー To:ドレイク |
ん? ああいや、ちょいと違ぇな。重剣士ってなあまあ、戦士とか魔法使いとかあるだろ? アレの中の細かい分類ってか、そんなカンジだ。 おなじ「鍛冶師」でも「刀剣鍛冶」だの「鎧鍛冶」だのあんだろ? まあそんなふうなーーおっといけねぇ、そりゃあ後でゆっくり教えてやらぁ。 |
■ドレイク To:ウーサー |
うん、じゃああとでねっ。 約束だよっ! |
■ウーサー To:ドレイク |
おう、約束だ! |
ウーサーはごつい拳を、ドレイクのほうにぐっと突き出した。そして互いの拳を打ち合わせろと、拳をクイクイと振って促してみせる。
大きな拳に小さな拳を合わせるようにしながら、ウーサーを見上げて小首を傾げるドレイク。
ちいさな拳におおきな拳をぐいっと打ち合わせて、ウーサーは心底から愉しそうに嗤ってみせた。
■ウーサー To:ドレイク |
戦場(いくさば)じゃあ両手が塞がっちまってることが多いからな。 戦士はよ、こうやって拳を打ち合わせるのさ。握手や乾杯や、ハイタッチのかわりにな! |
土埃はすっかり落ち着き、蹴散らかされたそれ以外、先の喧騒を物語るものはない。
日の光の差し込まないこの場所では、時間の感覚が揺らぎそうになる。
だが、おそらく、先に仲間達と別れてから半時ほどしか過ぎていないはずだ。
見回してみるが、しんと静まり返った通路には、仲間達やエイベルの姿はもちろん、誰の気配もみられなかった。
■ウーサー To:カラレナ |
なんでぇ、まだ見つかんねぇのかツルハシ……それとも向こうでも、何かあったのかねぇ? |
■カラレナ To:ウーサー&ALL |
私、ここで待ってますね。 |
石松明から火を分けてもらい、自分のランタンを灯す。
ウーサーは石松明を左手に持ち直しながら、もう一度辺りを見回し、それでも仲間たちが来そうに無いのを確認してから小さく嘆息した。
■ウーサー To:ドレイク |
じゃあまあちょっくら、先に行っちまうぜ。 なあドレイク、何処まで出りゃあ、城までの行き方が判る? |
■ドレイク To:ウーサー |
うーん。 ホンドウにつながるサイコウコウがあるところだったら、だいたいわかるよ! |
■ウーサー To:ドレイク |
つまり、そっからなら行けるんだな? よし、取りあえずはそこまで出ようぜ! おっとそうだ。もし行く途中で道に詳しそうなヤツがいたら、すまねぇがドレイクが知らない行き方を知らないかを聞いてみてくれ。オレ様はドワーフ語がわからねぇんでな……。 それと、例の「閣下」が何処そこに居るってえ話が聞こえたら、ソイツも教えてくれ。 よっし、じゃあ行くかっ! |
■ドレイク To:ウーサー |
うん、行こう! |
大きく頷き、ウーサーを見上げるドレイク。
完全にウーサーを信頼しきっている顔つきだ。
■ウーサー To:ドレイク |
おうっ、頼むぜ相棒! |
自分が子供のころに出会っておきたかった、師匠とは違うタイプの「大人」を演じていられるだろうか?という考えに一瞬だけ囚われかけてから、ウーサーは大股に一歩を踏み出した。
ウーサーにならって、ドレイク少年も同じく一歩を踏み出す。
■マクシム To:大男、ドレイク |
そこのお若いやつゥら、熱くもりあがッとるところ悪いが。 お前さんら、どこへいくかわかッてるンか? |
ふたりの後ろで腕を組みながら、老ドワーフが落ち着いた、野太い声で呼び掛ける。
■ウーサー To:マクシム |
え? ああオレ様たちは、ドレイクの「秘密の場所」ってところに向かう気だぜ? そのために、まずは『6番サイコウコウ』ってとこまで行く。 だけど、ドレイクは此処から直接『6番サイコウコウ』に出る道は知らねぇって言ってたからよ? とりあえずは、コイツが『6番サイコウコウ』までの行き方を知ってるところまで戻るつもりだけど、なんかマズい場所でもあるのかいオッサン? |
■マクシム To:大男>ドレイク |
お前さん、簡単に ィ戻るというが、その戻り方が解るのかッてことなンだが……。 坊主、ここに来た時の道を覚えとるか? |
■ドレイク To:老ドワーフ |
うう……ん。 でも、思い出せるか、やってみる! |
■マクシム To:ドレイク&大男>カラレナ |
わははッ、こいつはァかなり大胆な「賭け」だな。 やりかたは気に入ッた! ……付き合ッてやりてェところだが、閣下をカタにするわけにもいかんでな。 ならばワシは、この辺りを歩き回ってみることにする。 悪いな、お嬢。 |
片手を上げてカラレナに挨拶を送るマクシム。
ウーサー、ドレイクと共に大扉をくぐり、最初の分岐まで出ると、老ドワーフは大きな身体を揺らしながら、足早に右手の方向に消えて行った。
■ドレイク To:ウーサー |
多分、こっち! |
ウーサーを見上げ、勢いよく左手の方向を指差すドレイク少年。
■ウーサー To:ドレイク |
よっしゃ! |
まるっきり何の疑いも無しに、ドレイクの指した方向へと進んでいく。
まっすぐに進むと今度は三叉路にぶつかった。
しばらく考えた後、後ろ向きになってみたドレイク少年は、思い切って真ん中を指差す。
道なりにしばらく歩き、左に見えた小さな登り階段をやり過ごす。
その先、さらに進んだ突き当たりには扉があった。
特に掘り込みなどない石の扉だ。
少年はそこでぴたりと足を止める。
■ドレイク To:ウーサー |
あれぇ? 扉をあけたりはしてなかったと思うんだけど……。 ごめん、おいらまちがえた…かも? |
■ウーサー To:ドレイク |
さっきの小さな階段のところまではすんなり来てたみてぇだし、此処の扉が開いてた、とかは無ぇか? |
ウーサーは無遠慮に扉に手をかけ、力をかけてみた。
だが、扉はウーサーの力をもってしてもびくともしない。
■ウーサー To:ドレイク |
ちっ、開かねぇか……如何だ? |
ウーサーの言葉と仕草に、眉間に手でシワをつくってまで考え込むドレイク少年。
扉を背にして2、3歩歩いたりした後、彼は大真面目な顔つきでウーサーを見上げた。
■ドレイク To:ウーサー |
扉がひらいて…そうかも。 こんなつるつるの扉、なかったけど。 それがなかったら、きた道ににてる、と思う。 |
こっくりと頷くドレイク。
■ウーサー To:ドレイク |
お、やるなドレイク! だがこの扉、随分と固ぇ鍵みてぇだな。仕方ねぇがまあ丁度いいか、此処はひとつ相棒にも、重剣士流の遣り方ってヤツを今度は直にーー |
その時ーー。
剣士としての修行を積み、冒険者として各地を歩いたからこその感、だったのであろうか。
あるいは、かつてウーサーを魅了した、戦乙女の囁きか。
首すじの毛が逆立つような感覚と同時に、なにか音か聞こえたような気がした。
直後、十分頑丈なはずの床に僅かな震えが伝わってくる。
「別館」で感じた突き上げるような振動に近いそれは、あっという間もなく近づきーー。
■ウーサー To:ドレイク |
ッッッ!? ドレイク、伏せろっ!!! |
■ドレイク To:ウーサー |
ふ、フセ…って?! |
不意にふたりの足元が大きくうねった。
■ウーサー |
お、おおぉおおおっ!? |
「別館」で感じたものよりはるかに大きく、小刻みな振動が通路全体を震わせている。
小さなドレイクは、必死でウーサーの足にしがみついた。
鍛え上げたウーサーの巨躯にとって、その飛びつきは転倒を呼び起こすほどのものではない。
だが、この山中奥深く、日の光も差さぬ場所で起きた振動は、冒険者として数多くの経験を積んできたウーサーの心にも、異様な戦慄を呼び起こすほどの長さで続く。
石の扉の向こうから、聞いたことがないような異音−−巨大な歯車が無数に組み合わさって動いていくようなーーが漏れ、だんだんと小さくなっていった。
時を同じくして、ひとり別館の三叉路に残り、仲間達の戻りを待ち受けていたカラレナの元にも、揺れはとどいた。
時折耳を澄ませ、また足跡を眺めたりしていたカラレナだったが、特に収穫はなく時間が過ぎていく。
そして、この場所では、なんの前触れもなくそれは起きた。
少し前におきた揺れに似た床が突き上げるような感覚。
足元に不安を感じさせるほどではないごく細やか振動が、一瞬で終わった前回とは違い、かなり長く、100数える程は続いた。
半時ほど前、ウーサーによって崩された「壁」の名残から、ぱらぱらと砂埃が舞い落ちる。
そして、揺れが収まった「別館」の通路に戻る再びの静けさ。
ウーサーは反射的にドレイクを庇おうとして動きながらも、扉を叩き割るべくモールを抜き放とうとしていた手を、素早く盾へと移動させていた。
足にしがみつくドレイクはそのままに、盾だけでなく己の背中は勿論、石松明を床に落とした腕のてのひらまでをも動員しながら、振ってくるかもしれない落石から少年を守らんとして身構えーーそして、揺れが収まるのを待ち続ける。
あまりにも異質だと告げる「声」を纏った鳴動が収まってから二呼吸ほど置いたとき、ウーサーははじめて緊張を解き、顔を上げる余裕を取り戻せていた。
■ウーサー To:ドレイク |
なんなんだ今のは……おいドレイク、相棒! 怪我ぁ無えかっ?! |
ウーサーはドレイクの様子を見、ほぼ同時に周囲の状況に目をやっていた。
とはいえ今の揺れが「地震」だとかいう可能性はまだ浮かんで来ておらず、「地面を掘り進んできた怪物」が居ないか、と思っての行動だったりするのだが。
■ドレイク To:ウーサー |
あ、あれ!! 何? |
■ウーサー To:ドレイク |
お、おう……お前、ありゃあ……!! |
少年の言葉の前から、ウーサーにもそれは見えていた。
目の前の石扉の隙間から、細く差し込むもの。
この山中で、今見るとは思わなかった、そして、今みているのも信じられないそれはーー
光。
■ウーサー |
光が、射してきている……だと……? こりゃあ……何なんだ……? |
ウーサーはそっとドレイクの腕を掴み、自分の足から引き剥がさせると、ゆっくりと石扉へと近付いていった。
精霊たちのささやきに感覚以外の感覚を研ぎ澄まさせながら、亀裂の向こうに目をこらし、石扉へと手をかける。
先ほど、いくら押しても、引いてもびくともしなかった扉。
ウーサーが亀裂に指をかけた瞬間、それが滑るように下へと引っ込んだ。
開いた空間から、飛び込んでくるのは日の光。
たった1日遠ざかっていただけなのに、光がもたらす温かみは、まるで別世界のもののようにも思える。
そして、松明の薄暗さに慣れた目には眩しすぎる白。
目をしばたたかせ、光に慣らせながら、扉の向こうを見るウーサーの目には、信じ難い光景が映し出された。
目の前に見えるのは、
広大な空洞。
昨晩見たドワーフ達の居住区画を上回る広さはあるだろう
それだけの空間が、何層かに渡っていきなり吹き抜けとなって広がっているのだ。
光に慣れた目を上にむける。
澄み渡った空と……紺碧を背景に、浮かびあがる恐るべき大きさの塊が見えた。
帆柱を取り払った船を二つ上下に合わせたような。楕円系をしたそれは、浮かんでいるだけではなく、信じられない速度で遠ざかっていく。
大地のくびきを離れ、遥か遥か天上へと。
誰も知らぬ未知なる世界へと。