閉じられし穴
ウーサーとリュナは『静謐』を持って、フェンデ孤児院から程近い「ネホリーナの穴」を訪れていた。
最初に来た時と同じように、赤いどくろの看板が「キ〜コ、キ〜コ」と音を立てて揺れている。
入口は、やはり真っ赤な布で仕切られているだけ。
■リュナ To:ウーサー
|
リュナがここに来るの、バイトの面接以来。
|
そうつぶやくと、ばさっと無造作に布をめくって中に入る。
とたんに鼻孔に流れ込んでくる、煙たい空気。
■リュナ To:ウーサー
|
……オーナー、たばこやめたほうがいい。
|
■ネホリーナ To:リュナ
|
ひぇっひぇっ、第一声が説教とはの〜。
言われんでも、「にんげん」のときしか吸わんよ?
|
別段驚きもせずに、リュナのツッコミに応じるしわがれた声がする。
相変わらず板一枚渡しただけの机の奥には、色とりどりの鮮やかな布を重ね身にまとった人間の老婆がいた。
背中を猫のように丸め、口にくわえたキセルからぷかぷかと煙をくゆらせている。
そして、飄々とした目線をウーサーとリュナ交互に向けてきた。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
おお、今日は人に変身してんのかよ?
知ってるかい。煙草吸ってると、魔法が解けるのが早くなるんだぜ?
|
■ネホリーナ To:リュナ
|
なんじゃとう!?
わ、わしの「ぴちぴちぼいーん」な、本当の美女い姿をタダで見ようったって、そうはいかんぞう!?
|
ささっと恥じらうかのように、衣の前を深く重ね合わせて上目遣い。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
……オーケイ。じゃあ手っ取り早く薫製にしてみますかねぃ!?
|
■ネホリーナ To:ウーサー
|
やめんか!? これ以上お肌から水分を逃がすわけにはいかんのじゃ!!!
|
■リュナ To:ネホリーナ
|
オーナー、リュナはアルバイトもうできない。
ベルダインに旅立つことにしたから。
|
ネホリーナのボケを100%無視し、リュナはかちゃ、とギャラリーの鍵を机に置いた。
■ネホリーナ To:リュナ
|
ふむ、ではこれが残りのバイト代じゃ。
|
ネホリーナはカエルの形をしたチョップスティック・レストをぽんと机に置いた。
■ウーサー To:リュナ
|
いや、其処はせめて受け取っといて、あとで売っぱらおうぜ……?
|
■リュナ To:ネホリーナ
|
デザインセンスが、リュナの美学に反するから。
欲しいなら、うさぎにやる。
|
見ればそのカエルは、可愛いげのないニヒルな笑みを左側の口角に浮かべながら、だらんと垂れた舌を蝶々結びにしているという、アバンギャルドな造形であった。
■ウーサー To:リュナ
|
嗚呼……こりゃあ、オレ様が悪かったな。やっぱ置いてこうぜ?
|
ずいっと前衛的カエルをネホリーナの方へ押しやる。
■ネホリーナ To:リュナ>ウーサー
|
……逡巡なくきっぱり拒否しおってからに……
まあ、よいわ。
それで、どうじゃったかね、探し物を求めての「西」への旅は?
わしの恋愛占いは、当たりまくりじゃったろう〜??
|
ぽっぽっと煙で輪を作りながら問いかけてくる。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
え? いやその、まあ……アレだ。
いい女が居た、ってのは、当たってたけどよ……?
|
すっかり忘れていた「恋愛占い」の話を切り出され、リュナを含めた約3人の美少女たちの顔が浮かんだウーサーだったが、気恥ずかしさ(と、隣から染み出して来つつある殺気のよぉなモノ)から慌てて話を変える。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
そ、それよりアレだ。ほらよ、頼まれてた絵だぜ!?
お望みの『静謐』――それも遥かな時を越えた、完璧版の『静謐』だ!!
|
ウーサーは絵を取り出し、包みを解いて、ずいっとネホリーナに差し出した。
もちろん自分が描いたわけでは無いのだが、身体を貸して完成させたことが、なんとなく誇らしかったりする。
■リュナ To:ネホリーナ
|
うさぎはかっこよかった。
特に、ミミのあたりが。
|
なぜか、リュナも誇らしげ。
■ネホリーナ To:ウーサー&リュナ
|
おおっ!? こ、これは……!!!
素晴らしい。想像以上の完璧な完成度じゃ………!!
あいわかった、みなまで言うな。これでわかったぞえ、わしはやはりイーンウェンいちの、いやっ、アレクラストいちの占い師じゃ!!!
正解率99.999999パーセントッ!
|
うきうきと『静謐』を取り上げ、むちゅっと突き出した唇をカエルに近づける仕草。
虹を見上げて穏やかなはずのカエルたちの表情が、なんとなく迷惑そうに見えた。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
にしても、だ――なあ、婆さん。ちょいと聞かせてほしいんだがよ?
|
わざと荒々しい挙動で、勝手に席に着いたウーサーは、凶悪な哂いを浮かべながらゆっくりとした口調で話しはじめた。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
ど〜してオレ様たちにゃあ、ヴィルコだのイザナクだのについて、話してくれなかったんだよぅ?
霧ん中に閉じ込められるのを選んだ妹さんと違って、婆さんはイーンウェンを離れたんだろ? 別に例の件についちゃあ、話せなかったってワケじゃあ無い……んだよなぁ?
|
■ネホリーナ To:ウーサー
|
ひょほほ……そこまで聞いているのであれば、話が早い。
同じじゃよ。話せば話すほど、霧の奥深くに閉じ込められるごとくに、話せば話すほど、遠く離れた土地に移動せねば生きてゆけなかったのじゃ。
まぁ、わしの場合は占い師という職業柄、放浪するのも性に合っておったからのぅ?
そのまま世界の果てまでたどり着いてしまう前に、頼まれてもいないのに見知らぬ町を救ってくれるような、お人よしな勇者たちを見つければよかったんじゃよ。
|
■ウーサー To:ネホリーナ
|
ったく、オレ様みてぇな物分りのいいナイスガイや、御人好しな善人ばっかりだったから良かったようなモノを……!?
|
ネホリーナはふたりを、そしてここにはいないゾフィーとその仲間たちを想像して見回すように視線を動かした。
■ネホリーナ To:ウーサー
|
な〜んて、言葉にするのはたやすいがのぅ〜? ひょほほ。
……イーンウェンに生まれ、故郷を愛する者のひとりとして礼を言うぞ。
ありがとうッ!
|
ガンッと机におでこを打ち付けた。
■ネホリーナ To:ウーサー
|
つーわけで、骨の髄まで妹属性なこのわしを、姉と勘違いすることは許さんっっっ!!
|
べしっ、と机を叩いた拍子に、奥の棚からカエルグッズがぼたぼたと落ちた。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
あーあー、理解ったよ!
もっとこう誤魔化すかと思ってたが、んなストレートに非を認められちゃあな。
仕方無ぇ、妹属性ってのにゃあ寸毫たりとも納得しねぇが、今回の貸しはチャラにしといてやんよ!
|
両腕を組んで首を振り、大きな溜息までついて見せる。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
ま〜聞きてぇことは聞いたし、あとはアレだ。
例の、粘土カエル。あいつを貰ってっていいかよ?
|
■ネホリーナ To:ひとりごと
|
(ドワーフ語)
………ちっ。覚えておったか(ぼそ)
|
ウーサーが、この冒険中に何度も耳にした気がする(しかし理解不能な)言語で何かをぼそりとつぶやいたあと、ネホリーナは意気揚々と顔を上げた。
■ネホリーナ To:ウーサー
|
うむっ、もちろんじゃ!!
売っちゃっても構わんが、できればカエルの生活を十二分に堪能してからにしてほしいのぅ〜?
|
流れるような動きで懐中から「粘土細工のケロリーナ」を取り出し、愛おしげに机に置いた。
■ネホリーナ To:ウーサー&リュナ
|
さぁて。
呪いがとけた今、もうこれ以上故郷から離れていく必要もないからの。
久々に、我が愛しのギャラリーへカエることにするぞえ〜。
この穴はもう閉店じゃ、永遠にな? さぁ帰った帰った!
|
そう言っていそいそと、床に落ちたカエルグッズをかばんに詰め込みはじめる。
■リュナ To:ネホリーナ
|
オーナー。
雨が降ったら出せって言われてた絵、しまっておいたから。
|
■ネホリーナ To:リュナ
|
うむ。
そういえばリュナよ、それ以外にもわしはおぬしに、言っておいたことがあるはずじゃが……ホレ、覚えておらんか? アレじゃよアレ。
|
ネホリーナはちらちらとウーサーのたくましい体躯を見やりながら、リュナの耳元に口を寄せる。
■ネホリーナ To:リュナ
|
ペンキまみれの運命のオトコが下町の角から現れると、言ったであろう?
らっきーあくしょんは出会い頭を逃さず、ペンキを投げるこ──
おごぉっ!!?
|
机(むしろ板)を思いっきりひっくり返してハホリーナの顔面に直撃させると、リュナはぷいっと踵を返してすたすたと「穴」から出て行く。
■ウーサー To:リュナ>ネホリーナ
|
うわぁ酷ぇ……って、え? あ、ちょ、ちょっと待て!
てりゃあっ!!
|
ウーサーはネホリーナを助け起こし――て間髪入れずに、手に取った「粘土細工のケロリーナ」の唇を、彼女のそれに押し付けた!
そしてケロリーナをポケットにねじ込みながら、リュナを追って「穴」を出る。
■ウーサー To:ネホリーナ
|
コイツはこの間、危うく姐さんのケツに圧死させられそうになった分だぜ! これで完璧にチャラだ、じゃあなっ!
|
■ネホリーナカエル To:ウーサー
|
グェッ、ゲッコゲコゲコ、ケロケロ〜ッ!!
|
何やら罵倒らしきカエルの鳴き声を背中に受けながら。
|