甘い生活
リュナは何故か耳まで赤くなった状態で、どこへ向かうともわからない足取りで足早にスラムの道を歩いていた。
まだ昼間だというのに薄暗い道は、いかにも怪しげな酒場や宿が立ち並び、物陰には痩せた野良犬がく〜んという声を上げて寝転び、通行人を眺めていた。
■リュナ To:ウーサー
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〜〜〜〜(///
もう、帰る。送らなくていい。
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■ウーサー To:リュナ
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お、おいおい、ちょっと待てって!
帰るったって、何処行く気だよ!? 此処はイーンウェンみてぇな、長閑な場所じゃ無ぇんだぞ!?
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慌てて追いついたウーサーは、リュナの腕を掴んで、半ば強引に自分の方へと振り返らせた。
怪しげな店からリュナへと注がれる視線を睨み返して牽制しつつ、なんとか落ち着かせようと言葉を選んで話す。
■ウーサー To:リュナ
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「銀の網」亭ならそっちじゃあなくあっち、港はその向こうだぜ?
それによ、嬢ちゃん……?
まさかとは思うが、今からいきなりベルダインに向かって旅立とうってんじゃあ、無ぇだろうな?
なんの準備もナシにぷらっと行くにゃあ、遠すぎて路銀が嵩みすぎらぁ。
せめて西方行きの依頼に便乗するとか、里帰りでもする誰かと一緒に旅立って宿代折半するとか、そういう工夫っていうか、下準備の時間ってのが必要なんじゃねぇのか?
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■リュナ To:ウーサー
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……。
うさぎ、いつ故郷に帰るんだ?
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振り返させられた体勢のまま、まなじりに力を込めて、睨むような目つきでウーサーを見上げるリュナ。
そして、返事を待たずにぷいとそっぽを向く。
■リュナ To:ウーサー
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せっかくオランに帰ってきたし、リュナは学院に入り直す。
絵のことも魔法のことも、勉強し直したいこといっぱいあるし。
……寮に入れば、生活費も安くすむから。
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■ウーサー To:リュナ
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い、いやな? オレ様もベルダイン帰るにゃあ、まだ修行が足りねぇし、だいたい路銀だって心許無ぇしよ?
もうしばらくは「銀の網」亭に厄介になって、オランで冒険者を続けるつもりでいるんだけど、よ……そうか。
学院の寮、か……。
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とりあえず「銀の網」亭に向かおうと、リュナの頭をわしわしと撫でてから歩き出す。
リュナは大きな手の感触に、ほんの一瞬だけ目元を緩ませたが、すぐに無表情に──よく見れば、珍しくも寂しそうな感情を瞳に宿して──俯きがちにウーサーの隣をついていく。
しばらくはリュナの様子を窺っていたウーサーだったが、「銀の網」亭の看板が見えてきたところで、ふと閃くものがあった。
■ウーサー To:リュナ
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な、なあ……どうせ、オランで暫く暮らすんならよ?
学院の寮なんかより、もっと生活費浮くところのほうが、良くねぇか?
そうさなぁ……部屋代は、普通の宿屋の半分ってところかな?
おまけに、急に忙しくなることもある宿屋でな。ときおり住人が料理人として借り出されてるくらいだから、いよいよとなりゃあ店員のバイトやって、日銭稼ぐこともできそうなんだぜ?
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ウーサーは緊張を押し隠し、何気なく思い出した風を装いながら、なんとか言葉を編み出していった。
■ウーサー To:リュナ
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しかも状況が許せば、嬢ちゃんのぶっ壊れた味覚に配慮したデザートが出るかもしれねえ、って所でな。
ただ、とびきりでかいウサギと一緒に暮らすことになるから、ちょいと手狭に感じるかもしれねぇが……如何思う?
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リュナはぴた、と足を止めて、ウーサーを見上げた。
そのまま押し黙って、初めて「こおろぎ通り」で出会った時と同じように、大きなターコイズ・ブルーの瞳でまっすぐに見つめてくる──あの時と似たような、「理不尽な怒り」を宿して。
まだ日が高く、人通りも多い銀の網亭近くの通り。
急いでいるらしい一台の馬車が、ガラララと早足で通り過ぎる。
馬車の中から紫色の布を巻きつけた頭が外を覗きかけ……鼻を鳴らして引っ込んだ。
■ゾフィー To:御者
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やれやれ……若い連ちゅ……。
ああいえ、あなたもっと速度を上げられませんこと?今日中にできるだけ北に進んでおきませんと。
ええ、チップは弾みますよ、お願いした日数で着いたら、ですけれども。
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■御者 To:ゾフィー
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いやはや若いっていいですなぁ……ってお客さん、もっと飛ばせと!?あいわかりやしたっ、少々揺れますがしっかり捕まっててくださいよ!?
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■ゾフィー To:御者
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つ、掴ま……ああ、こことここにですわね。
遠距離用でしたら、もっと設備を………あぅっ!
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ものすごい勢いで走り去っていく馬車の勢いに煽られて、リュナのローブとウーサーのマントがはたはたとはためいた。
■リュナ To:ウーサー
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一緒に住んだって、どうせ帰ってこない。
誘われたら、朝までその子と一緒にいる。
……待ってたって、待ってたって帰ってこない。
毎日あんな思いするの、リュナはいやだから。
そんな思い、するくらいなら、……。
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ぎゅっと口元をきつくむすんで、表情を見られないように俯く。
そして、心とは裏腹なことを口にするときにひとがするような、泣き出しそうな声でつぶやいた。
■リュナ To:ウーサー
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……ひとりで、ベルダインに行くから。
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■ウーサー To:リュナ
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……そいつは、困ったな。
お前、オレ様を雇ったじゃねぇか。ベルダインを案内させる、って。
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ウーサーは「たぶん今回の依頼のなかで、最大最後の大勝負になるのだうな」と、直感で感じ取っていた。
何故か、師匠の別れ際の言葉が浮かぶ。
『ウーサーよ。剣士には死を覚悟せねばならぬときと、死なねばならぬときがあるのじゃぞ?』
■ウーサー To:リュナ
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もう朝帰りの遊びはしない、って約束しなきゃならねぇんなら……するぜ、その約束。
オレ様は受けた依頼は、果たすために全力を尽くす主義なんでな。
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なにかに祈りたい気持ちになって、とりあえずレィシィに「勇気」と「無謀」を願ってみたりする。
まだ、彼女らの力を具現化することはできないが、自らの心に宿り、そして自らを鼓舞するかのようなそれらの感情の高ぶりは、以前より強く感じられていたかもしれない――
■リュナ To:ウーサー
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ばか。
依頼、なんかじゃない。
リュナは……
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ぎゅっと握りしめたメイジスタッフの先に、何やら不穏な力が凝り集まっていくのがわかる。
■ウーサー To:リュナ
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だいたい、だ。
商売道具の大鎧に、こんなモン彫り込んじまったらよ。
コイツを受け取っちまったその時から、もう、朝帰りの遊びなんて、できっこないだろ?
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鎧に刻まれた「ウサギ」を示してみせたものの、やっぱり男らしくないな、と思い直す。
ウーサーは思いっきり、リュナに頭を下げた。
■ウーサー To:リュナ
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そ、その……悪かったよ。すまねぇ。
俺、あんな大きな大会で初めて優勝できて、つい舞い上がっちまってたんだ。
もう朝帰りの遊びなんかしないから、頼む!
俺と一緒に、ベルダインに行ってくれ!!
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リュナは俯き、自分の足元を見つめたまま、身を固くして押し黙った。スクワイヤが短くニャウ…と鳴いて、ウーサーのすねのあたりに柔らかな身体をこすりつける。
■リュナ To:ウーサー
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……リュナは、でっかいうさぎがいる部屋に、ウサギのぬいぐるみを埋め尽くすくらいいっぱい置く。
スクワイヤのために、白いレースとリボンつきの、おっきい籠のベッドも置く。
……毎日、おやつと一緒にホットチョコレートも注文する。あの時の、いい香りがするシロップつきの……
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街の音に紛れて消え入りそうな、しかし不思議と耳に届いてくる声で、囁くようにそう言いながら、ついとウーサーの懐に寄り添ってしがみつき、顔を埋めた。
きゅ、と回した手に力がこもる。
■リュナ To:ウーサー
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うざぎがどこへ冒険に行っても、ウサギだらけの部屋で、ずっと待ってる……。
どんなに強い奴と戦ったって、ちゃんと……帰って来なかったら、ぶっとばす……から…っ。
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目を閉じて、涙声で言葉を紡ぎ出すリュナのまつげは、雨粒でも落ちて来たかのように濡れて光っていた。
■ウーサー To:リュナ
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ソイツは、おっかねぇなあ?
オーケイ。どんな強い奴と戦おうが、何処へ行こうが、必ず帰ってくることにするぜ。
でないと、どんな目に遭うのか理解らねぇんだろ?
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ウーサーはリュナの肩に手を廻して、ゆっくりと優しく抱きとめた。
■ウーサー To:リュナ
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安心しな。オレ様は、ウーサー・ザンバード――
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篭手を嵌めた冷たい指先で、リュナの熱い涙をぬぐう。
そして、細く小さな頤へとその指先を移して、彼女の顔を上に向けさせた。
■ウーサー To:リュナ
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泣き虫な仔猫ちゃんを、守る剣だ。
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潤んだ瞳で、ウーサーの瞳をまっすぐ見つめながら、小さく頷く。
瞬きした拍子に、ふたたびあふれていた涙が、ぽろっとこぼれ落ちた。
■リュナ To:ウーサー
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リュナは……英雄を護る盾になる。
魔法でもっともっと強く、速くする……リュナがいれば、百人力。バルキリーなんかに負けないから。
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最後はちょっとだけ目元を緩めて──それでも、この数日間で何度も見た「ヤキモチ」の色をほんの少しだけ宿しながら──にこ、と微笑んだ。
ウーサーは微笑みを返すと、リュナにくちづけを捧げ――
■ウーサー To:リュナ
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…………。
いや、やっぱ今はダメだ。
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ようとして、さっき抱きしめたリュナの「感触」を思い出し、ぴたりと動きを止めた。
■ウーサー To:リュナ
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ここから先は、あと5年……いや、10年くらい育ってからだな!
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げ し っ 。
という、堅い木製の棒状のものがウーサーの横っ面を一閃する鈍い音が響いた。
そして、何事かと振り返る通行人の目に映ったのは、ふるふると肩を震わせながらメイジスタッフを握りしめている、魔法少女の姿。
■ウーサー To:リュナ
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==◯)`ν°)・;'.、
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■リュナ To:ウーサー
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……(すー、はー、すーっ)ばかっ!!(///
──ばかうさっ、もう、帰るっ!!!
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恥ずかしさと怒りで真っ赤になったリュナは、くるっと踵を返すと、そのままずんずんと早足で銀の網亭に向かい、ばんっと乱暴にドアを開ける。
唖然として注目する通行人には目もくれず、さっさと中に入って行ってしまった。
■ウーサー To:リュナ
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お、おいまて……な、なんかくびが……もとにもどら……!? :D
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ふらふらと立ち上がったウーサーも、へろへろとリュナの後を追って、銀の網亭に入っていった。
■シグナス
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|柱|・)b(内心:ウーサー……お前もとうとう、か……)
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■ネコリス To:ライチ
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(猫語)
ウーさんとリュナさん、ラブラブっぽいのに、なんでまたケンカしてるんだろうね〜?
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物陰から出てきた白銀の毛色に青い瞳の小柄な猫が不思議そうに人間の男女を見ていた。
■ライチ To:ネコリス
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ん? ああ〜、あれはね、「こみゅにけーしょんの ひとつの カタチ」なんだよ、きっとね♪
さ、幸せそうなふたりは放っておいて、リコが好きな楽しいところへ行こう?
案内してよ、リコ!
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■リコリス To:ライチ
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うん、こっちだよ。
あのね――
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黒ずくめのエルフが、白銀の猫を肩に乗せ、軽快な足取りで銀の網亭の通りを渡って行く。
ここはいつもの、銀の網亭。
また新しい冒険の物語が生まれ、語り継がれていく場所──。
Fin
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