伝えられしものがたり〜 1 〜
オランの港は、何事もなかったかのように普段通りの――都会的な賑わいで、冒険者たちを出迎えた。 ひどく懐かしく感じられる、陰気で殺風景な裏路地を歩いていくと、以前来たときに見た野良犬が寝そべった通りに、鮮やかなオレンジ色の屋根が見えてきた。
ライチは真新しい眼鏡のおかげで目をこらすこともなく、アーチに掲げられた文字を苦笑しつつ、読み上げた。
懐かしさに目元がほころんでいるリュナ。
ごきげんなスクワイヤは、いつものようにリュナの足元に寄り添い、嬉しそうにひと声鳴いた。
手書きのペンキ文字を眺めながら、ゾフィーはぼそりとつぶやいた。
木製のアーチをくぐって中に入った瞬間、青空の下、手をつなぎ輪になって踊る子どもたちの姿が見えた。
軽く礼をしながら、それに紛れるようにゾフィーは小声でユーミルに尋ねかけた。
振り返ってみても、入口のアーチの向こうから人影が戻って来るような気配はないようだ。
依頼の話を車座になって聞いたあの遊戯室には、相変わらずボロボロのおもちゃが散乱していた。
子どもたちは息をのんで、一行の顔を見つめる――。
子どもたちに落胆の声を挙げさせる暇を与えないように、わざと早口気味になって、ウーサーは先を続けた。
今度は渋面を作ってみせて、子ども達の顔に視線を一巡させる。
子どもたちは想像力が刺激されてしまったのか、興奮してぴょんぴょん飛び跳ねたり、 ウーサーにまとわりついたりし出した。
ユーミルが小さい子を抱きしめて膝にのせたり、頭を撫でてやりながらなだめると、子どもたちは身体をうずうずさせながらも、もう一度床にぺたんと腰を下ろし始めた。
リュートを取り出し、物語にあわせて弾きだすシグナスだった。無論、ロックで。
一度は落ち着きを取り戻したものの。
ネイビーが軽やかな足取りで棚から戻ってくると、車座の中心に絵本――『イーエンにかかる虹』――をぽんと置いた。
リコリスはシグナスのリュートに合わせるように明るい声で話出した。
子どもたちはあっという間に物語にひきこまれ、固唾をのんで静まり返った。
リコリスは絵本の表紙を示した。
リコリスはライチをちらりと見た。
ライチはそっと自分の胸元に手を当ててみせた。
子どもたちは一斉に、身を乗り出すようにして輪の中心にある絵本を見つめた。
リコリスはゆっくりと子ども達を見回した。
左手を懐中に差し込みつつ、続けて口を動かしかけたゾフィーだったが、期待を込めて向けられるあまたの視線を受け止め、たじろいだように動きを止めた。
右の眉頭を普段の位置に戻すと、ゾフィーは戻した左手の中に収められた扇をさっと広げた。
ウーサーの前に開いた扇と共に子ども達の視線を移動させたゾフィーは、ぽんと音を立てながら、素早く銀扇を閉じてみせた。
リコリスら絵本を受け取り、最後のページを示してみせる。
閉じた扇の先を口元にあて、ひとたび言葉を切ったゾフィーは、順番に子どもたちの顔を見回した。ゾフィーにつられて首をかくんと傾げたり、ほほに手を当ててにこにこしたり、隣の子の耳元にひそひそ話をしてみたり、まちきれずに抱いた膝をにじらせたり――。
首をかしげてみせたゾフィーは、それ以上は話をせず、右の手を促すようにウーサーに向けた。
否応なく向けられる好奇心の瞳。ウーサーの隣の、赤褐色の髪から覗く耳もぴく、と動いた気がした(でも無表情)。
主に男の子を中心に、一気に盛り上がりをみせる遊戯室。
あぐらをかいて座ったまま、鞘に収めた銀の大剣の切っ先をどんっと突き立て、また鬼のような嗤いを浮かべる。
ウーサーは鞘に入れたままの剣を、あの船上での戦いと同じように構え、名乗りを再現してみせた。
男の子たちは近くにあったボロボロの長クッションをひっつかみ、剣に見立てて構えてみたり、お互いぽこぽこ叩き合ったりし始めた。
おぼんで顔を隠しつつこっそり赤くなるリエッタをよそに、ぱちぱちとウーサーに拍手を送る子どもたちであった。
閉じたままの銀扇を剣の柄にみたてて、軽く握ったゾフィーは、その場でくるりと身をひるがえす。
マネをして、高く上げた右手を振り下ろしてみる。
ざわざわ、子どもたちは顔を見合わせる――。
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