娘を待つ者
「白波通り」で仲間たちと別れたゾフィーは、すでに慣れた足取りで「月影通り」へと入って行った。
モザイクガーデンの入口の前に、ぎりぎり雨を避けられる位置で立ち尽くし、誰かの人影を待ち続けるかのように通りを見つめていたミガク。
ミガクは明らかに安堵の表情を浮かべ、ごつごつした手のひらで自らの額を撫で付けると、慌ただしく入口のドアを開けて中へ促した。
苦笑を浮かべながらため息をつき、頭を掻くミガク。
やりきれなさを滲ませた口調で、手元の工具を握りしめ、テーブルを軽く叩いた。
すっくと立ち上がると、反動で椅子が後ろに転がった。
ミガクに合わせるように立ち上がり、転がった椅子に手を伸ばしたゾフィーは口角を上げ、ちいさく頷きながらミガクをみた。
ミガクはふと視線をそらし、頭をぽりぽりと掻きながら数秒黙り込んだ。
問いかけに不意を突かれたのか、ゾフィーの両目が大きく見開かれた。
小さなため息とともに手を下したゾフィーは、その手を懐中に差し入れ、昼の訪問時購入した小さな箱を取り出した。
小箱の表面に組み上げられた、夜明け直前の海……静寂の中に朝への希望を宿した深みのある紫の濃淡にそっと指を這わせるゾフィー。掌中にあるモザイクを映したかのような菫色の瞳が、銀色のまつ毛の下からそっとミガクを見つめていた。
後半は照れたかのように早口でまくしたてると、ゾフィーを入口まで送り、そのままドアの前に佇んだまま──静かにゾフィーに一礼を送った。
まるで少女に帰ったようにようにはにかみながら小さく手を振ってみせたゾフィーは、くるりと向きを変え「モザイクガーデン」を後にした。
行列ができていたところに置かれていた参加者募集の看板は無くなっており、かわりに、燃え上がる炎をモチーフにした完成度の高い看板にすりかわっていた。
あたりをざっと見回し、異常が無さそうなことを確かめたのち、海に出るための最短ルート──「白波通り」からまっすぐ海へとのびる道はいくつもあり、裏道ほど人通りはなく混雑しないことだろう──を確認したゾフィーは、再び宿へ戻る道を歩き出した。
|