魔法使いと重戦士
〜 1 〜
桶に汲み上げた水とモップとで、白い壁と、芝生の外側の床を掃除し始めるウーサーとリュナ。
エルフの少女が描かれた絵画には、幸い血飛沫は飛ばなかったようだ。
水を含ませたモップと、降りしきる雨が、戦いの爪痕を洗い流していく。
■ウーサー To:リュナ
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よし、と……まあ、こんなモンか?
にしても壁掃除なんざぁ、家を飛び出て来て以来だぜ。
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■リュナ To:ウーサー
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うさぎ。
それ、どう見ても不審者。
鎧に着替えとくといい。
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清掃が終わり、ギャラリー入口の部屋に戻りながらリュナがつぶやく。
シグナスの神聖魔法によってほとんどの傷が塞がったとはいえ、普段着だったウーサーには出血のあとが色濃くこびりついたまま残されていた。
■リュナ To:ウーサー
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……鎧、洗ってあるから。
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びしっと指差した先には、部屋の隅に大切そうに整えられて置かれた、ウーサーのプレートメイル。
心をこめて磨かれたのだろうか、なんだか汚れる前よりも輝きを増しているようにも見える。
■ウーサー To:リュナ
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おっ……こりゃあ、凄ぇな! 新品みてぇじゃねえか!!
いや〜、この鎧ってなあ本当は、こんな色味だったのかぁ……有難うよ、お嬢ちゃん。じゃあ遠慮なく、着させてもらうぜ?
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愛用の鎧を身につけようと近づいたとき、ふと違和感に気付いた。
敵と退治した時に、最も目立つ場所──真正面の胸板の部分。
その左脇に近い隅に、ごく小さなワンポイント的デザインで、「重戦士に あるまじき なにか」が描かれている。
■ウーサー To:リュナ
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ええと……あれ?
なあ、嬢ちゃん……こんなマーク、前から付いていやがりましたっけっかねぇ?
なんも描いてなかった気がしやがりくさるんですけど!?
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■リュナ To:ウーサー
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未来の英雄うさぎさんに、ふさわしくした。
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それは、可愛らしく両耳をぴんと立てたウサギの絵だった。
銀色の鈍い輝きを放つ、珍しい油絵の具で描かれた線画。
モチーフはともかく、デザイン的にはなかなか洗練されている……ようだ。
■ウーサー To:リュナ
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いやなあのな、そりゃあ良い色味だけれどもよ。洒落た絵柄だとも思うけれどもよ。
だからってオマエ、こっ……あのっ……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜っ!?
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なにやら「やるせない思い」に囚われて、明後日の方向に向けて吼えること数秒。
なんだか未知の生物に遭遇してしまった者のような表情になりつつ、空ろな声でリュナに聞く。
■ウーサー To:リュナ
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ああ、アレだ……まさかこの鎧着て、明日の試合にも出ろってんじゃあ無ぇだろうなぁ?
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無表情で頷きつつ、Vサイン。
■リュナ To:ウーサー
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でも、負けるのはもっとダメ。
だからうさぎの作戦を優先でいい。
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何やら目が真剣だった。まるで、負けたくない相手でもいるかのようである。
■ウーサー To:リュナ
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途中で鎧変えられるかで、だいぶん違うんだが……そのルール確認するの、忘れちまってたからな。まあ、用意していくに越したこたぁ無ぇ。
それにしても、この件になると随分と好い目するじゃねぇか。如何しても負けたく無ぇ相手でも、出る予定あるのか?
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■リュナ To:ウーサー
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ヤツメとロシュ。
うさぎと出場するって言ったら、リュナのこと、さんざんからかったから。
うさぎ、ぜったい負けるな。
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燃える目でウーサーを見上げ、ぐっと両手で握りこぶし。
■ウーサー To:リュナ
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オーケイ。じゃあ少なくともヤツメとロシュにゃあ、徹底的に負けてもらうことにするぜ!!
そのかわり、ヤツメとロシュについちゃあ詳しく教えてくれよな? この鎧についちゃあ、まあ……仕方ねぇ、今回は諦めてやるからよ。
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動きがすっかり身に染み付いた素早さで鎧を着込み終えると、ウーサーは武器や荷物の類も身につけ、外の暗さを確認した。
■ウーサー To:リュナ
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なんだか、思ったより手間取っちまったなぁ……まだ「トゲトゲなんたら」は、開いてそうか?
あとな、食材売ってくれそうな店もありゃあ、ついでに寄って行きてぇんだが……さっき使わせてもらった材料、返しておかねぇとよ?
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■リュナ To:ウーサー
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ちがう。トグトグファクトリー。
急いで行けば、間に合うと思う。
材料は気にしなくていい。お客さんにふるまうの当然だから。
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そう言うと、いつもの肩掛けカバンを持ち、「ライト」が付与されたままのメイジスタッフに布を巻き付けながら、スタスタと玄関へ。
■リュナ To:ウーサー
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そういえば、ゴルボロッソがとりついた『静謐』、ヤツメに預けてある。
あとでそれ受け取って、うさぎの宿に行く。
絵、完成させる約束。破るとたぶん、怒ると思うから。
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■ウーサー To:リュナ
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あ、そういやぁ明日は予定ある、とは言ってなかったっけっか……やれやれ。
祝勝会用の仕込みは、諦めるしかなさそうだな?
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■リュナ To:ウーサー
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仕込み、早朝にやるといい。
それなら大会に間に合う。
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「祝勝会」の言葉に耳をぴく、と動かしながら。足取り軽く外へ歩き出した。
■ウーサー
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おいおい……身体貸して早起きして仕込みして、試合出て……?
まあ一晩の徹夜程度なら大丈夫だろうがよ、明後日以降に影響出ねぇだろうなあ!?
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イーンウェン・木槌通り〜『Tog Tog factory』
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ウーサーとリュナは、もっとも賑やかな「白波通り」まで戻ってくると、様々な店を見て歩きながら食材を物色。
■ウーサー
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う〜ん……調子に乗って、買い込みすぎたか?
まあ、足りねぇよりマシか。
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買い物を済ませ、今度は東のほうへと歩いて行くと、昼間にシグナスと訪れた通り──あらゆる職人の店が建ち並ぶ、「木槌通り」に出た。
5番目の角に『Tog Tog factory』の看板。
■リュナ To:ウーサー>店内
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ここ。
リュナ。入る。
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リュナはトントンとノックしてから扉を開けた。
中はこぢんまりと狭かったが、壁にはびっしりと隙間無く、あらゆる形の刀剣類や大小の盾。
カウンターの手前には皮鎧から金属鎧までがひととおり飾られていた。
そのどれもが、性能的には何の変哲もなさそうなのだが、デザインが妙に「尖った」方向に曲げられているのは気のせいだろうか?
■ドワーフの女性 To:リュナ&ウーサー
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もう閉店だよ、おとといおいで……って、なんだリュナか。
ん? なんだいそのでかいのは。
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カウンターの椅子にふんぞりかえるように座っているのは、まだ若い短髪のドワーフの女性だった。
作業着を身に着け、手元で小石を弄んでいる。
■リュナ To:ウーサー>トグー
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店主のトグランス、通称トグー。
こっちはうさぎ。サイズぴったりな着ぐるみを探してる。
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リュナがふたりを交互に指差しつつ、紹介。
■ウーサー To:リュナ>トグー
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いやちょっと待て、売ってるのかよそんなモン!?
あー、オレ様はウーサー・ザンバード。見てのとおりの重剣士だ。
明日の武道大会用に、リングメイルを探しに来たんだが……。
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なにやら面白いことになっているデザインの武具に熱心な目線を送りつつ、ウーサーはぽそりと呟いた。
■ウーサー
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こりゃあ、シグナスも誘ってやるべきだったかな?
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■トグー To:ウーサー
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お望みとあれば着ぐるみだろうが靴下だろうが、何でも作るさ。
あたしが面白いって感じるものならね?
で、リングメイルかい? 明日の大会用ってんなら、避けるの優先って訳かい。
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■ウーサー To:トグー
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流石は武具屋だな、その通りだぜ。
まあ、今着てるこの鎧でも良いっちゃあ良いんだが、それだと途中で相性の悪いのと当たりそうでな。
オレ様は両手利きじゃあ無ぇから、二刀使って短期決戦ってワケにもいかねぇし……避けるだけじゃなく、そこそこの固さも欲しいってワケよ。
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膝を曲げたり伸ばしたりしながら、期待に満ちた目で。
■トグー To:ウーサー
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……だ、そうだけど。それでいいのかい、彼氏は?
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トグーはドワーフの例に漏れず、ずんぐりむっくりした身体をひょいと椅子から飛び降りさせると、部屋の右手奥へ行っていくつかの鎧を指し示す。
■トグー To:ウーサー
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あたしはもっと「尖った」デザインが本業なんだけど。
リュナの好みを聞いているうちに、こういうのも作れるようになっちゃってねぇ。
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トグーが示した中にはまともなリングメイルはなく、いずれも骸骨や炎、巨人の顔面などをモチーフとした派手な装飾や色彩が肩当てに施された、身につける者を選ぶデザインだった。
■ウーサー To:トグー
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いや、見た目の厳つさも大事なときだってあらぁな。
それに、こいつぁなかなかの――って、リュナの好み?
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その中に紛れるようにして、ひっそりと、「まともそう」なリングメイルがあった── しかし近づいて見てみれば、一つひとつの「鎖」の形が、ハートや星の形をしていることに気がつくのだが。
■ウーサー To:トグー
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おいおい……コレ鈍器で打撃喰らったら、ハートだの星だのがスタンプされちまうだろ……(溜息)
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■トグー To:ウーサー
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そういった方向のバイオレンスを望んでいるひともいるってことさ……。
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ウーサーは「リングの形が真っ当でない」モノを慎重に選び取り、そうでないほうを一列に並べた。
そこから更に、色彩や装飾は一切無視して、自分の体型や戦闘スタイルに合わせられそうなものを残して元の場所に戻したあと、リュナを振り返る。
■ウーサー To:リュナ
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おい、嬢ちゃん。どれがいい?
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リュナが即答して指し示したのは、丁寧な仕事で鎖が縫い込まれ、肩から胸にかけてを 上質な皮で覆った玄人好みの渋いものだった。
■ウーサー To:リュナ&トグー
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おおっ、ナカナカのモノじゃねぇか! 特にこのへんの、胸辺りの仕事が……んん?
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よく見るとその色は、正面から直視するならばまともだが、背中に流れるにつれて茶〜黄色〜オレンジ〜ピンクの鮮やかなグラデーションになっており。
■ウーサー To:リュナ&トグー
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ず、随分と派手だな……まあ背中はマント羽織るし、得物も背負うから――
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さらに肩当て部分は妙に丸みを帯びて、ナニカの絵が立体的に縫い込まれていた。
左肩には、ウィンクを飛ばすウサギの絵。(・×<)
右肩には、ねむねむウサギの絵。(=×=)
■トグー To:ウーサー
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………………うん。
お目が高いね!! さっすがリュナの相方!! ちなみに返品不可だからよろしく。
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何やら哀れっぽい視線を一瞬向けられたような気がしないでもない。
■ウーサー To:リュナ&トグー
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……アレ? オレ様、目からナンカ変な汁が……アレ?
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■リュナ To:ウーサー
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うれし涙。そんなに喜んでもらえて、リュナは嬉しい。
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明らかに上機嫌。スクワイヤがお腹を見せて寝転がっていた。
■ウーサー To:トグー
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なあ……せめて、ちょっとまからない? すっごい責め苦だぜコレ!?
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鎧自体に罪は無いし。仕事の質としてはかなりの上物だよこれ?
まける理由があるものかい。
男なら相方を喜ばせるために、道化になるものいいものさ。うん。そう思いねぇ!!
まるっきり面白がっているような口調でそう言うと、てきぱきと運びやすいように梱包したのち、お代はこちらと言わんばかりに皿を示した。
■ウーサー To:トグー
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くそう、一分の隙も無ぇ口上まくし立てやがって……んん?
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心の中で血の涙を流しつつ、ウーサーはバックパックを漁りはじめて……大きく膨らんだ袋を「2つ」見つけて、太い首を傾げる。
■ウーサー
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……あ、そうか! しまった、船の護衛代貰ってたの、すっかり忘れてたぜ……姐さんに悪いことしちまった。
帰ったら、すぐに返さねぇとな。
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