魔法使いと重戦士
〜 2 〜
買い物を済ませたふたりは、ふたたび木槌通りを西へと歩き出す。
レース専門店や靴と帽子の専門店などが並ぶひっそりとした通りを、未だ止まない雨が濡らしていた。
■リュナ To:ウーサー
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風邪引くから早く帰ろう。
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リュナはウーサーの足元にまとわりつくスクワイヤを呼び寄せて、タオルで包み込むように抱き上げながら言った。
■ウーサー To:リュナ
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ああ、そうだな。このあと『静謐』を完成させて……あ、そうだ。
ネホリーナの婆さんの、「おつかい」もやらにゃあならなかったんだった! まあ丁度良いか、未完成よりゃあ完成品のほうが――
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■リュナ To:ウーサー
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ネホリーナ? オーナーからのおつかい?
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■ウーサー To:リュナ>ひとりごと
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え!? あの婆さんがオーナーだったのか!?
おいおい、何処から何処までが仕込みだったんだよ、今回のこのヤマはよ……?
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通りの並ぶ店の一軒で、ウーサーの目がなんとなく吸い寄せられるように、あるものを捉えた。
ぴたりと立ち止まり、ニヤつきそうになる顔面の筋肉を意志の力で押さえつけてなにげない風を装い、リュナの背中に声をかける。
■ウーサー To:リュナ
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悪ぃ、リュナ。ちょいと買いてぇモノがあるから、相談に乗ってくれねぇか?
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ぐい、と太い親指で示したのは――可愛らしい服や小物を扱っていそうな、洋品店だった。
しかも、おもいっきり少女趣味的な方向性で、エッジが立っている的な雰囲気の。
■リュナ To:ウーサー
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うん。うさみみカチューシャ探そう。
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どうやらリュナの趣味に合った店のようだ。意気揚々とドアを開ける。
■女性店員 To:ウーサー&リュナ
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いらっしゃいませ〜こんばんわ〜♪ 雨の中ようこそです〜♪
お誕生日プレゼントですか〜? それともお揃いの小物をお探しですかぁ〜?
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甘ったるい声で出迎える、全身少女趣味な服装に包まれた店員。
店内もそれに負けず劣らず、ぼんやりと灯されたランタンに浮かび上がるのは、白やピンクのふりふりレース、ポンポンのついた髪飾り、幾重にも布を重ねたワンピースなどなど。重戦士ウーサーの存在が完全に浮いてしまう世界だった。
■ウーサー To:リュナ
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おう、カチューシャ買うんだろ? 別に今日じゃあなくてもいいが、とりあえず目星つけとけよ。
金額によっちゃあまあ、オレ様も多少、出してやらなくもないぜ?
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■ウーサー To:リュナ
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ああ、本当だ。オレ様が嬢ちゃんに、嘘ついたことなんてあったかよ?
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鷹揚さを示すように、両手を広げてニヤリと笑ってみせる。
■ウーサー To:リュナ
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オレ様は、このテのモノはよく理解らねぇからな。嬢ちゃんの目利きに任せるぜ。
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軽い足取りで奥の棚へ行き、肩に乗ったスクワイヤとともに髪飾りを物色。
■ウーサー To:店員
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なあ、ちょいといいかい? あっちのお嬢ちゃんなんだが……。
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ちょいちょい、と店員を招き寄せ、小声で囁きかける。
■女性店員 To:ウーサー
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はい〜♪ なんでしょう?
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■ウーサー To:店員
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あの嬢ちゃんは如何にも、無頓着でいけねぇ。
そうだなぁ、全体的にはあっちに吊ってある衣装みたいなカンジで。
だが黒は拙いな、かわりにメインの色は――
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目に付くかぎりの衣装や小物からのチョイスと、ベルダイン生まれの美的感覚を総動員しつつ、可能な限り「無口で愛想の悪い魔法使い」にそぐわない、「愛らしいアイドル魔法少女」っぽいイメージになるように説明する。
もちろん「あまりの似合わなさ」をからかって、とんでもない鎧(しかも2つも)を押し付けられるハメになった仕返しをする気マンマンである。
■ウーサー To:店員
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……ってなると、予算どんくらいでイケそうだい?
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■女性店員 To:ウーサー
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ええとワンピースと靴と、髪飾りと……ぜ〜んぶ一揃えで120ガメルのところ、 雨の日サービス♪ ってことで、ぴったり100ガメルでいかがでしょうか〜♪
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速攻かつ、どきっぱりと宣言。
雨に濡れたローブを着続けていたせいで身体が冷えたのか、リュナは自らの肩を抱いて小さくくしゃみ。
■ウーサー To:リュナ>女性店員
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おっと、風邪ひいちゃあ拙いだろ? ちょっと着替えて来いよ!
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■女性店員 To:ウーサー
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さぁさぁお客様〜、こちらへ〜♪ あ、タオルで身体も拭いて差し上げますから!
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満面の笑みを向けたウーサーは、リュナが「状況」に理解されるより早く、半ば放り込むように試着室へと彼女を押し込む。
■ウーサー To:リュナ>女性店員
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じゃあ、宜しく頼むぜ!!
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女性店員はウーサーに「お任せ♪」とばかりに片目をつぶってみせると、さっとカーテンを閉めた。
するすると手慣れた衣擦れの音と、タオルで身体を拭く音が聞こえる。
■リュナ To:女性店員
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……。
…………?
…………………………!!
わっ、なに、なっ、うにゃっ!?、ダメ△※★#♪&*!?
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■女性店員 To:リュナ
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いゃん、お客様ったら引っ掻かないでください〜〜♪
じっとして〜〜♪
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カーテン越しに2人の人間が格闘してるのが見て取れる。
そして足元からスクワイヤが飛び出してきて、ウーサーの足におもいっきり突進ねこぱんちを繰り出してきた。
■ウーサー To:スクワイヤ
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ちょ、おいおいコラ! 痛ぇっての!
オレ様のおごりなんだから、諦めて着られやがれ!?
くっくっくっ、どうだ嬢ちゃん! ちったぁオレ様のキモチが判ったかよぉ♪
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リングメイルの包みをガサガサやりながら、勝ち誇ったように胸を張る。
■女性店員 To:ウーサー
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さ〜お客様、か〜んせ〜〜いで〜〜〜〜すっ♪
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■ウーサー To:リュナ
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おおっ?! どんなアレに仕上がりやが……って……?(絶句)
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さっとカーテンがめくられると、そこには鮮やかな赤と白を基調にし、大きなリボンを胸元にあしらった「超絶少女趣味」のワンピースを身にまとってうち震えるリュナが居た。
もちろん足元の靴、そして赤褐色の髪にも大きなリボンがくっついている。
■リュナ To:ウーサー
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〜〜〜〜〜〜(///
みるなっ!
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カーテンに隠れるようにしながら、ウーサーにメイジスタッフ(ライト付き)を投擲。
しかしウーサーは、けっこうな勢いがついて飛んできたスタッフを避けようともせず、痛がりもしなかった。
■ウーサー To:リュナ
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え、お、あ……いや、あの……?
その、なんだ……嬢ちゃんにはお似合いだ、っていうか……。
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ウーサーはリュナの姿をまじまじと見つめたまま、真っ赤になって茫然と突っ立たっていた。
■ウーサー To:リュナ
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か、可愛いぜ…すごく……。
お……俺は好きだぜ、そういうのも……。(///
――はっ!?
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ほぼ無意識で述べてしまっていた感想の中身を自覚した瞬間、ウーサーはいきなりしゃがみこんで頭を抱えた。
リュナはカーテンを掴んだまま耳まで真っ赤になって、棒立ち。
■ウーサー
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ま、待て! 待つんだオレ様。お、おち、おちつけおちつけ……!
お前アレだぞ、これじゃあロリコン野郎みたいだぞっ!?
あ、ああ、アレだよそうアレ、さっきまでと印象が違いすぎてて混乱しただけ――
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ちらっと見直して、バクバクと高鳴りはじめた心臓に再び頭を抱える。
■ウーサー
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え、ナニ? どうなっちゃってんの俺?
助けて師匠!?
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暫く、ぶつぶつと呟いていたものの。
不意に沸き上がってきた、『今のリュナからのあらゆる命令には、逆らえないかもしれない』という漠然とした不安に突き動かされて、ウーサーは跳ね上がるように立ち上がった。
■ウーサー To:リュナ
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お、おう。嬢ちゃんの方は、もう決まったのかよ!?
は、早く決めやがれ!
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可能なかぎりリュナを視界に入れないようにしながら、ウーサーは払っているガメルの量を巨体で隠すようにして、リュナの衣裳代を女性店員に手渡した。
■リュナ To:ウーサー
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言われなくても決めてるっ。
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沸騰したやかんのようになりながら試着室を飛び出すリュナ。
スクワイヤは何故かマタマビでも嗅いだかのようにふらふらになっていた。
先程まで髪飾りを物色していた棚から、「白くて ふさふさした なにか」が2本ほどくっついたカチューシャを引っつかむと、店員に差し出す。
■女性定員 To:リュナ&ウーサー
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はい〜、お客様お目が高いですね〜♪
こちらも雨の日サービスで30ガメルのところ、20ガメルでいかがでしょうか〜♪♪
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ウーサーはリュナが持ってきたモノがどんな物なのかさえ見もせずに、女性店員に言われた金額を支払った。
■ウーサー To:リュナ
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オレ様が払っとくから、あとでちょっと返せよ!?
じゃ、じゃあもう行くぞ――あ、ちょっと待て!
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ウーサーは自分のマントを脱いで、乱暴な手つきでリュナに頭から被せた。
■ウーサー To:リュナ
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ちょっと冷えてきたからな、ソイツ羽織っとけ!
荷物は持ってってやるから! 行くぞ!!
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■女性店員 To:ウーサー
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ありがとうございました〜♪ ぜひまた、いらしてくださいね〜っ♪
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背後でにこやかにお辞儀をする店員を振り切るようにして、店を出たふたり。
すでに「木槌通り」も終わる頃。通りの先には、未だ店の明かりが賑やかに灯る「白波通り」の気配が近づいてくる。
「ライト」が付与されたリュナのメイジスタッフが、被せられたマントの下にあるせいで、あたりは先ほどよりもずっと薄暗く見えた。
■リュナ To:ウーサー
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りゅ……リュナはもっと、洗練された可愛さが好きなのに。
白と黒とか、黒と銀とか。
うさみみとか。
……。
貸せっ。これはリュナが持つ。
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マントのなかに身体をすっぽりと収めながら、まだ赤い顔でふくれっ面。
いきなり、ウーサーの片手からカチューシャの入った包みをひったくるように受け取る。
■ウーサー To:リュナ
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なっ、なんだよ……うさみみは洗練されてるとは言えねぇんじゃねえのかよ!? 常識的に考えて!!
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■リュナ To:ウーサー
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絶対着ないから……明日は。
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そして、それを反対側の手に持ち替えると、空いた手をウーサーの大きな手のひらに滑り込ませ、まるで表情を隠すかのように俯いた。
■ウーサー To:リュナ
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そ、そうか……悪かったな、趣味に合わないの買っちまって……。
まあ、リュナが気に入らなかったんなら、仕方無ぇよな……
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目を逸らして嘯くものの、あきらかに落胆している……が、俯いた視界に入ってきたリュナの持つカチューシャの包みを見て、ウーサーはニヤリと哂った。
■ウーサー To:リュナ
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あ、いや。ちょっと待て!?
やっぱダメだ、オレ様だって明日は、あの鎧とさっきのうさみみで試合に出るんだ! 嬢ちゃんにも、明日はそれ着て出てもらうぜ?
大丈夫だって、その格好も似合ってるっての! もし笑うヤツがいたら、オレ様が片っ端から伸してやるから安心しろよ!!
洗練されたナニとかアレとかは、その……また今度な!?
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大きな掌で、リュナの手を温めるように包み込む。
■リュナ To:ウーサー
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……。
約束やぶったら、ぶっとばすから。
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気のせいかほんの少し柔らかくなった口調で、リュナはそう言葉を返し、一瞬だけウーサーの手をきゅっと握り返してきた。
こちらもまだ赤い顔のままで、ウーサーは照れ隠しに唐突に話題を変えた。
■ウーサー To:リュナ
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あ、あのよ! 明日の本番、だけどな?
決勝が終わったあと、優勝者は去年優勝したレヴィーヤと、ゲスト戦もやるってハナシだ。
レヴィーヤは、あのカエル野郎と一緒に出るつもりだったらしいが……まあ、うちのリコリスかシグナスあたりなら、喜んで代役に立ちたがるだろうけどよ?
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■リュナ To:ウーサー
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ゲスト戦……。
リュナは聞いてなかったから、きっとサプライズ企画。
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■ウーサー To:リュナ
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そのとき、もしかしたらカエル野郎の命令で、絵の魔物の残りがレヴィーヤを襲ってくるかもしれねぇ。
そんときは……嬢ちゃんの手ぇ、また、借りることになっちまうかもしれねぇ。
冒険者ってのはやっぱり約束を違えるような詐欺師連中だった、なんてことになって、孤児院の連中がっかりさせたく無ぇしな……。
さっきもいきなり巻き込んどいて、言えた義理じゃあ無ぇが……頼んどいても、いいか?
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■リュナ To:ウーサー
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別にリュナは平気。
……次はちゃんと、うさぎの役に立つから。
フェンデのおっちゃん、優しすぎて臆病なとこがある。
自分が裏切られて傷ついたから、また同じ事が起こるのが怖いって思ってる。
……本物の英雄もいるんだって、教えてやればいい。
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そう言ってリュナはウーサーを見上げた。
近づいてきた町の灯に照らされたその表情は、「ぜったい優勝する」と言ったあの時のように、いい目をしていた。
■ウーサー To:リュナ
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ああ、任せろ。なんたってオレ様は、孤児院のガキどもにとびっきりの譚を聞かせてやるって決めて来たからな!
リュナもフェンデのおっさんに胸張って報告できるくれぇ、そりゃあハードな活躍してもらうからな? 覚悟しとけよ!
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力強く笑い、ウーサーはリュナの手をもう一度、優しく包み込んだ。
■ウーサー To:リュナ
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おっと、いけねえ! 寄り道が過ぎたって怒られちまうな。
ちょっとだけ、早足で行こうぜ!
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リュナはまだほんのりと頬を染めたまま、こくんと頷いて走り出そうとし──
慣れない靴に足元を取られたのか、前に投げ出されるかのようにつんのめった。
反射的に手を離し、倒れこみそうになった上半身に腕をもぐり込ませてリュナの転倒を防いだ――のだが。
そのてのひらに伝わってきた微妙な手触りに気づき、頭の天辺からつま先まで真っ赤になって硬直する。
■リュナ To:ウーサー
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……っ……△※★&@!!
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声にならない叫びを上げて、「べち」とウーサーの顔に張り手を繰り出す。
■ウーサー To:リュナ
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)´ー`)
えー、あー、その、うーあー、く、靴!
そうだ、靴に慣れてねぇんだよな!? それじゃあまだ、走ったりできねぇよな!?
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ウーサーは自分がおもいっきり触ってしまったモノの正体はおろか、触ってしまったという事実そのものさえ気づいていないフリを必死で装いつつ、彼女から手を離す。
さらに、これ以上の攻撃が己の身に及ぶのを防ぐべく、素早く行動に移った。
支えを失ったリュナが身体をぐらつかせるより早く身を屈めながら片腕を伸ばし、彼女の膝の裏をすくい上げるように捉える。
さらに反対側の腕で、今度は仰向けにつんのめる形となったリュナの肩を後ろから抱きかかえ、自らの上体を一気に引き起こす。
一連の動作は可能な限り素早く大胆に、それでいて丁寧かつ優しく行われた――戦士として培ってきた体術修行の妙、この一瞬に注ぎ込むかの如くに!
■ウーサー To:リュナ
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ほらよ、コレなら大丈夫だろ?
オレ様は速いが、加減ってのは苦手だからな! しっかり掴まっとけよ、でないと吹っ飛んじまうぞ!?
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リュナを「お姫様だっこ」にしたウーサーは、そのまま早足で道を進みはじめた。
余計な反撃を始められないように、わざと荒っぽく上体をゆすったり、とつぜん大股になったりしながら。
■リュナ To:ウーサー
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や…、お、降ろせっ、ばかうさっ──(///
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■ウーサー To:リュナ
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ん〜? 下噛むから黙っとけ♪
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がっくんがっくん揺れる視界に酔いそうになったのか、それとも恥ずかしさにいたたまれなくなったのか。
リュナはウーサーの首に両手を回してしがみつき、お互いの耳と耳が触れるほどに──表情が見えない位置まで──顔を寄せて、ほんの小さな声でつぶやいた。
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