中庭のアトリエ
〜 1 〜
シグナスの使い魔アイゼンは一行の元を離れ、降りしきる雨に打たれながら、南へと飛び立っていた。
海鳥と潮騒亭の2階の板窓をコツコツと叩くと、ソルが顔を出した──そばにはベッドで静かに横たわるライチの姿。
ふたりとも最後に見た姿、様子と変わりないようだ。
ソルを誘導しながら、再び主人の元へと飛び立つアイゼン。
ちょうど一行が「こおろぎ通り」に入ろうかというところで追い付き、6人パーティ全員が合流する。
■シグナス
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……やれやれ、流石に厄介事は打ち止めかね?
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そして、「子どもたちの帰りが遅くなる」こと、同じことを「ナギの両親にも伝えてほしい」ことを書き綴った手紙を持ったしろは、一路モザイクガーデンへ。
ちょうど窓を閉めようと顔を出してしていたミガクに手紙を差し出すと、多少動揺の表情を見せたものの、落ち着いた様子でしろの小さな身体を撫でた。
室内に変わった様子や、他の来客の気配は無いようだ。
そしてミガクは手早く外套を羽織ると、雨の町へと早足に出て行った。
一方、パティを抱いたリュナと「黒づくめの女」は、相変わらず一言も言葉を交わさぬまま、「こおろぎ通り」沿いの「ギャラリー・ハプルマフル」にたどり着いていた。
リュナが入口の鍵を開け、ふたりは自然な動きで中へ入るが、その時彼女の使い魔である猫がドアの外に残された。
大小様々の絵画が飾られた、こぢんまりとしたギャラリーの隅には、なぜかウーサーの重そうな鎧が大切そうに置かれている。
リュナは薄暗い室内を一瞥すると、パティを床に降ろし、「ライト」を自らのメイジ・スタッフの先に付与した。
そのままふたりは奥へ向かい、四方を白い壁に囲まれた中庭へ。
黒ずくめの女は、中庭の端で立ち止まるリュナを気に留めることもなく正面の壁へと歩み寄り、足を止める。
古ぼけ、所々ひびが入った白い壁。
そこに掲げられているのは、幼いエルフ少女の肖像画。
漆黒の黒髪を持ち、どこを見ているかわからないような視線で微笑みかけるあどけない表情──それはライチに生き写しのように見えた。
そして、ひたすら走り続けた一行は、ついに「ギャラリー・ハプルマフル」までたどり着いた。
古めかしい家々が立ち並ぶ下町に人気はなく、パレットの形をした看板が揺れる入口からも、目立った音は聞こえてこない。
パティがとらえる内部の様子も、変化はない──女は格子状の屋根から落ちてくる雨に打たれながら絵画を見つめ、リュナは中庭の端で立ち尽くしているだけだ。
ドアの前でおすわりをしていた三毛猫が、ぱっと立ち上がってひと声鳴く。
そしてウーサーの元へと駆け寄り、ブーツにかぷっと甘噛みをする。
■レヴィーヤ To:ALL
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(ドワーフ語)
この子、スクワイヤ! リュナのねこ!
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■ウーサー To:スクワイヤ(&リュナ)
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大人しく待ってられなかったのかよ、この悪戯仔猫め!
そっちに居るライチは偽者――あのアレだ、「有無を言わさなくていいヤツ」なのか!?
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■スクワイヤ To:ウーサー
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ニャゥ〜〜(>"<).。
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判断がつかないのかうなり声をあげながら、ウーサーの足に噛み付いたまま引っ張るポーズ。
■ウーサー To:スクワイヤ(&リュナ)
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わかったわかった、そっち行くからちょっと待ってろ――って、おい今何処に居るんだ!?
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■リコリス To:ALL
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リュナナと黒い女の人は中庭だよっ!
壁に描かれたライさんっぽい女の子の絵見てる。
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ギャラリーの扉に手をかけ、中に入ろうとする。
ノブを回すと扉は簡単に外側へと開いた。
■ゾフィー To:リコリス&ALL
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壁画ですか、もしかすると300年前、ここの主によって描かれたのかもしれませんわね。
絵本にあった献辞の……。
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■リコリス To:ゾフィー
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? あ、ごめんなさい。正確には壁にかかった額縁の絵なの。
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リコリスは、だいぶてんぱっているようだ。
■ゾフィー To:つぶやき>リコリス&ALL
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雨の中、外気に面した壁に額絵をかけているのですか?
不思議なギャラリーもあったものね。
……中庭へはすんなりと出られますの?
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■ウーサー To:リコリス
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中庭!? ええと中庭、ナカニワ!? ええとああ、そっちかっ!?
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■リコリス To:ゾフィー&ALL
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うん、こっちだよっ!
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パティが見たリュナと黒ずくめの女の軌跡を追うように、リコリスはギャラリーの奥―中庭に向かって駆けていく。
ウーサーもその後を追い――一瞬だけ立ち止まって、レヴィーヤを振り返り、ギャラリーに向かう途中で手渡しておいたボーラに目をやった。
■ウーサー To:レヴィーヤ
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使い方は、さっき教えたとおりだ――ライチの姿を見たら、すぐ投げつけろ。
そうしないとリュナや、お嬢ちゃんが危ねぇ目に遭わされかねねぇ。
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■レヴィーヤ To:ウーサー
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(ドワーフ語)
うん、レヴィーヤ、ぐるぐるにする!
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■ナギ To:レヴィーヤ
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(ドワーフ語)
き、気をつけてね。(どきどき)
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■シグナス To:レヴィーヤ、ナギ
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ま、しくじってもフォローはすっから、安心して思いっ切りやりゃ良いさ。
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ギャラリーの奥、キッチンと作業場を隔てる廊下を駆けて行くと、すぐに目の前に中庭が広がっているのが見えた。
10メートル四方ほどの空間に、自然光を取り入れるための格子状の屋根から降り注ぐ雨。
美しく手入れされた芝生はしっとりと濡れて、「ライト」とランタンの光を受けて光っていた。
ちょうど向かい側の壁際には、ライチそっくりな背格好をした黒髪の女性が、一行に背を向ける形で、壁に飾られたエルフの少女の絵を見つめている。
そして、その手前──中庭の入口で立ち尽くしていた三角帽子の小柄な少女が、ぱっと振り返った。
リュナは駆け戻ってきたスクワイヤに手を差し伸べて肩の上に収めると、ウーサーのそばに駆け寄り、まるで体当たりでもするかのようにしがみついてきた。
■リュナ To:ウーサー
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……あの絵、無事だから。
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■ウーサー To:リュナ
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(西方語)
馬鹿。絵なんざぁ、また描かせりゃあ良いんだ。
無茶しやがって……首輪でも付けとかないと駄目なのか、この仔猫ちゃんはよ?
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リュナの頭をわしわしと撫でつつ押しやって、しがみついてきた小さな身体を押し離そうとする。
■ウーサー To:リュナ
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それよりとっとと、カタぁつけちまうぞ! とりあえず横に退け!!
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固い声で鋭く言い放ってはいるものの。
いきなり抱きつかれて照れているのは、耳の先まで真っ赤になっているのでバレバレではある(笑)
一方リュナは気をとりなおしたのか、こくんと頷くと、猫のような動きでぱっと横に退いていた。
■レヴィーヤ To:リュナ
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(ドワーフ語)
リュナ、だいじょぶか?
いまからあのにせライチ、おしおきする!
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ボーラを構え、空中で回し始めようかとレヴィーヤが手を動かしかけたとき、ライチによく似た姿はゆっくりと振り返った──その一瞬の間に、髪の毛は短く銀色になり、肌は浅黒く、そして顔つきはリコリスが忘れようもない、「ラハブル」そのものの男性の顔へと変化させながら。
リコリスはパティを手元に呼び寄せ、抱き上げながら呟いた。
■イザナク To:レヴィーヤ
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(ドワーフ語)
ダメですよ、レヴィーヤ。
静かに絵を鑑賞すべきギャラリーの中で、そんなに騒がしくしては。
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■レヴィーヤ To:イザナク
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(ドワーフ語)
……。
…………おにい…ちゃん。
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雨に濡れた長い前髪の奥から覗く、ルビーのような赤い瞳でレヴィーヤを見つめ、優しい微笑みを浮かべるイザナク。
レヴィーヤの右手から力が抜けて、仕掛けようとしていた動きを止めた。
レヴィーヤの心情を察するより早く、ウーサーは身に染み付いた「戦士」としての動きで、リュナから離した手をベルトポーチに伸ばしていた。
■リコリス To:イザナク
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どうしてここにいるの?
その絵は誰? ライさん……ライチさんなの?
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リコリスはレヴィーヤを庇うように前に出ながら、困惑したようにたずねた。
■シグナス To:ALL
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……誰が誰やらサッパリだぁね。ま、動く時は動くから適当に話進めてくれ。周りは見とく。
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背中の剣に手を伸ばし、周囲に警戒を巡らせて置く事にしたシグナス。
だが、その動きに割り込むように、リュナの横に一歩踏み出したウーサーが腕を振り上げる。
■ウーサー To:イザナク
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づ、りゃあぁぁあっ!!
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有無を言わさず振り下ろした豪腕から、イザナクめがけてボーラが飛び出していった。
イザナクは突然の攻撃にも眉ひとつ動かさず、身体をわずかにそらせるだけで投擲されたボーラをかわした。
■ウーサー To:ALL
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――ちっ。やっぱ慣れねぇ得物は、ぶっつけで使うモンじゃ無ぇな……。(溜息) ん……? なあ、あいつが子リスの言ってた「黒カエル野郎」ってことで間違い無い、んだよな?
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■リコリス To:ウーサー&ALL
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うん、そうだよ。
もうカエル部分残ってないから、さっきよりも強くなってるみたいだけど。
今の強さはね――
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リコリスは今のラハブルの強さを仲間に伝えた。
■シグナス To:リコリス、ALL
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カエル部分っつーと何と無く可愛げが無くもねえな。いや、もう無いのか。
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ひらりとたなびいたローブからのぞく両手は、すでにカエルのものではなかった。
そして、微笑したまま言葉を続ける。
■イザナク To:リコリス
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この絵のひとは、シトラス・ウェスペル。
ハプルマフル──ああ、君はライチと呼んでいた彼女──の母親、と言えばわかりやすいでしょうか?
この絵をどうしても、見ておきたかったんです……明日、海に没んでしまう前にね。
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■レヴィーヤ To:イザナク
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(ドワーフ語)
レヴィーヤがわかることばでしゃべって……。おにいちゃん。
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レヴィーヤは不安げに冒険者たちを──リュナとゾフィーを見回した。
■ゾフィー To:レヴィーヤ
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(ドワーフ語)
あの絵はライチさんのお母さんの絵だと教えてくれたの。
「おにいちゃん」は、あの絵をどうしても見ておきたかったと言っているわ。
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そこまで話したゾフィーは、右手を伸ばしレヴィーヤの左手をそっとつつんだ。
■ゾフィー To:レヴィーヤ
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(ドワーフ語)
……「明日、海に没んでしまう前にね。」だそうですよ。
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■レヴィーヤ To:ゾフィー
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(ドワーフ語)
…………う……。……っ……。
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レヴィーヤはゾフィーの手のなかで小さな拳をきつく握りしめ、まるで子犬が何かに耐える時に出すような声を、喉の奥で鳴らした。
涙だけは流すまいと、必死に奥歯を噛みしめながら。
■レヴィーヤ To:イザナク
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(ドワーフ語)
おにいちゃん……おにいちゃん。それは……わるいおしごと。
レヴィーヤが、たすけてやる。
……たすけ…る…。さよなら、して……。
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■イザナク To:レヴィーヤ
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(ドワーフ語)
……「涙」を覚えたんですね、レヴィーヤ。
とうさんかあさんが……ますます心配しますよ。
さあ、こっちへおいで。僕が家まで送ってあげますから……。
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レヴィーヤは涙をこらえながら、手を差し伸べるイザナクを睨みつけていたが──ゾフィーの手の中の拳には、もはや力が入らなくなっていた。
その拳を、ゾフィーは無言でやわらかく、しかししっかりと握りしめる。
温もりと圧力とが、指先から現実(リアル)を伝えると信じるかのように。
ゾフィーがレヴィーヤに通訳している間に、ウーサーは小声で、素早く囁いた。
■ウーサー To:リュナ>シグナス
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リュナ、魔法は行けるか? 明日の予行演習だ、今すぐ筋力が欲しい!! シグナスは如何する? 行けそうなら、ちょいと「戦乙女」の力が借りてぇところだが……相当ヤバそうだぜ、あの優男はよ?
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■シグナス To:ウーサー
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こっちゃ問題無いがね、俺も回復用に少し残しとくつもりだよ。
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■リュナ To:ウーサー
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……リュナがあいつに不利な魔法使ったら、絶対最後まで倒さないといけない。
ヤツメのこと見逃してもらって、ミガクおじさんにも手は出さないって約束させたから。
リュナが逆らわないことと引き換えだから……。
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苦そうな表情をして、メイジスタッフをぎゅっと握りしめた。
リュナの様子にウーサーは一寸悩むと、屈みこんでリュナの耳元に囁いた。
■ウーサー To:リュナ
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なら、オレ様とヤツに、同じ魔法をかけろ――「ファイア・ウェポン」でも「プロテクション」でも、なんなら「カウンター・マジック」でも、かけてやりゃあいい。
お互いに同じ魔法かけたんなら、どっちかが「不利」ってことにはならねぇ。呪歌と一緒だ。
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リュナは大きなターコイズ・ブルーの瞳に目元に力を込めて、ウーサーを見つめると、ふるふるっと首を振った。
■リュナ To:ウーサー
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リュナはあんなやつに、補助魔法なんてかけたくない。
大丈夫、うさぎが負けるわけない。勝てば、ふたりも無事。
リュナがいれば、百人力だから。
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そしてスクワイヤをナギの元まで移動させ、彼を誘導するように歩かせる。
■リュナ To:ナギ
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スクワイヤと一緒に、向こう行っとくといい。
近くにいると、危ないから。
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ナギは恐る恐る、スクワイヤとともに入口方向へと移動した。
■リコリス To:パティ
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パティも向こうに行ってて。
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リコリスはパティをナギたちよりもさらにギャラリーの入り口側、扉が見える位置に移動させた。
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