中庭のアトリエ
〜 2 〜
■リコリス To:イザナク
|
しとらす……?
イザさんが暗黒神への生贄にしたライさんのママでしょ?
お墓でライさんに「本当は何があったのか」お化けになって教えたって人……。
|
何故イザナクがそんな関係の人の絵を見ておきたいのか、わからないらしい。
■イザナク To:リコリス&ALL
|
……シトラスは、僕の妻の面影を色濃く残していました。……とても、良く似ていた。
かつて……僕とふたりでヴィルコを生み出し、その罪の意識から、ヴィルコを唯一一撃で殺せる「炎の剣」を作り上げ……そのときの火傷がもとで力尽きたエルフの女性。
僕は彼女を蘇らせるために、祈り……その声に応えてくれたのが、カーディスでした。
|
■リコリス To:イザナク
|
………もしかして、シトラスさんは……イザナクさんと奥さんとの間の娘さん……?
|
■イザナク To:リコリス
|
……。
そうかもしれませんね。……それよりももっと後の……いえ。
いずれにしろ、今の僕にはわかりませんが……。
|
■リコリス To:イザナク
|
そして、ヴィルヴィル…じゃなかった……ヴィルコの両親がイザナクさんと奥さんってことは……イザナクさんはレヴィーヤちゃんにとってはおじいさんになるの?
奥さんの名前はなんていったの?
|
■イザナク To:リコリス
|
イザナイと言います。
おじいさん……ですか。そういう見方をしていただいても結構ですよ。
レヴィーヤは嫌がるかもしれませんけどね。
|
■ゾフィー To:イザナク
|
「きれいなめをしたおにいちゃん」それが、彼女から見たあなたでしたわ。
あなた自身からはどうだったのかしら。
生み出したことが、なぜ罪に?
|
■イザナク To:ゾフィー
|
……かつての時代……魔法文明が世界を支配していた時代が終わろうとしていたその時に、禁忌とされていた魔術をもって成した子だからです。
成功すれば、肉体も知性も優秀な子が生まれるはずだった……それに失敗したのです。……僕らは。
|
イザナクは少女の絵にそっと視線をやったあと、細い指先で自らの頬を撫で付ける。
■イザナク To:ALL
|
僕が「ラハブル」となる前は、何であったのか……もう覚えていません。
望まざる姿に変えられたとはいえ、一日に千の命を……自分の手を汚さずに殺すことが、彼女を取り戻すための儀式だと……我が神からそう命じられました。
|
左手をローブの内側へと滑り込ませ、漆黒の剣の柄に添える。
ほんのわずかに刀身を引き抜くと、刀身から炎のゆらめきが生み出されたのが見えた。
■リコリス To:イザナク
|
……それが奥さんと引き換えに生まれた剣……。
なんでライさんが持ってたの?
|
■イザナク To:リコリス
|
さぁ……彼女に聞いてみてはどうですか?
もっとも、抜け殻となった今となっては、それも無理な相談ですか。
|
■リコリス To:イザナク
|
???
なんで奥さんを生き返らせることが未だできてないのに、ライさんを生き返らせることができたの?
|
■イザナク To:ALL
|
妻の身体は……満足に残っていませんでしたから。
黒く、炭のようになって崩れ落ち……それこそ指の間にすら残らなかった。
だからこそ、多くの代償を必要とした……我が神が求めたことなのです。
|
■リコリス To:イザナク
|
それじゃあ…お墓は?
奥さんのお墓はどこにあるの?
|
■イザナク To:リコリス
|
いずれこの世界に蘇るべきひとに、そんなものが必要ですか?
|
■リコリス To:イザナク
|
……それもそっか〜。
? ねぇ、なんで「魔法の絵筆」で奥さん描いてもらわなかったの?
レヴィーヤの描いたパパママが迎えに来てくれるんなら、イザさんの奥さんだって……。
|
■イザナク To:ALL
|
「こころ」を持たない絵筆で書いたものは……偽物ですから。
命が果てる時、絵の具に戻ってしまう……例えば、リコ。そんなライチに会いたいですか?
|
■リコリス To:イザナク
|
………リコは、本物のライさんがいい……。
|
■レヴィーヤ To:イザナク
|
(ドワーフ語)
えのぐに、もどる……? じゃあ、レヴィーヤが描いたとうさんかあさん……。
|
目を細め、リコリスに薄い──どことなく悲しげにも見える──微笑みを向けたあと、剣を静かに鞘に引き戻す。
■イザナク To:ALL>レヴィーヤ
|
妻が残したこの剣で……、ヴィルコが産んだ幼い命を断ち、僕たちを追放したイーエンを襲わせる。
海がすべてを洗い流し、
嵐がすべてを破壊したあとで、
僕と妻がすべてを一からやり直す。
……。
(ドワーフ語)
レヴィーヤ、騙していてすみませんでした。
僕は「うそつき」ですから……長くてつまらない今の話を、信じてもらえなくとも構いません。
君が泣いても笑っても、僕が君を殺すことには変わりないのですから。
明日起こるはずの悲劇が今日起こったとしても、もう2度と運命が変わることはないのです。
|
■レヴィーヤ To:イザナク
|
(ドワーフ語)
うんめー……って、なに? レヴィーヤを……ころすのも、わるいまほうつかいに、たのまれたのか? ……
……レヴィーヤはしなない、そんなことさせない……ぜったい。
|
首を小さく左右に振りながら、ボーラを巻き付けたままの手でぎゅっと胸元を掴んでいた。
■リコリス To:イザナク
|
……ミガクさんとヤツメちゃんに何をしたの?
|
■イザナク To:リコリス
|
何もしていませんよ。リュナと「取引」しましたから……。
もっとも、彼女がそれを破れば、いつでも手を打つ準備はできていますけれどね。 リコ。……仲間がここで戦うのなら、君もここから去りなさい。
僕がハプルマフルと交わした約束は、あくまで僕からは直接手を下さないというもの。
君が勝手に「巻き込まれる」ならば、僕にそれを避ける術はない。
|
■リコリス To:イザナク
|
リコね、神様に誓ったの。
ライさんと一緒に無事に帰るって。
でも、返してっていっても「こころ」返してはくれないでしょ?
だから…みんなと一緒に戦う!
|
■イザナク To:リコリス
|
「こころ」……ですか。今、どこにあると思いますか?
|
薄く笑みを浮かべた後、イザナクは剣から手を離し、自らの口元を指し示すようなポーズをとった。そしてその指を首、胸元へと巡らせていき──最後に腹のあたりで止め、リコリスに微笑みかける。
■リコリス To:イザナク
|
…………当てたら「こころ」返してくれるの?
|
リコリスは視線をイザナクの指のめぐりに合わせて動かして行き、最後にライチにそっくりなシトラスの肖像を見つめてから、イザナクに視線を戻した。
■イザナク To:リコリス
|
いいえ。もう「取り出す」ことはできません。
僕の肉体が、朽ち果てるか、真っ二つに切断される以外……には。
|
微笑みながら目を閉じ、そっと腹から手を離した。
■リコリス To:イザナク>ラーダ様
|
そ、そんなぁ〜。
ラーダさま、本当にそれ以外に、リコが誓いを守る方法はないの?
|
リコリスはそっと胸元の聖印に手を当てた。
降りしきる雨の音だけがリコリスの耳に響いてくる……その時、不安で満たされた心の奥底へ、ふと羽根のように舞い降りてきたひとつの言葉があった。
──『叡智は勇気と対になり、未来を切り開く力となる』
リコリスはその声に導かれるように空を見上げた。
■リコリス To:ラーダ様
|
ありがとうございます、ラーダさま
リコ、頑張ります♪
|
リコリスの瞳に、決意に満ちた光がともった。
■ゾフィー To:イザナク
|
しかし、似たもの同士は響き合うとはよく言ったものね。
あなたとレヴィーヤさん、端からみたらそっくりだわ。
いえ、外見の話をしているのではございませんわよ。
持って生まれた根の部分、純粋というか……真正直というか……生み出した絆というのは残るものなのね。
|
相変わらずレヴィーヤの手を握ったまま、ゾフィーは鋼色の視線で、静かにイザナクを見据えた。
■ゾフィー To:イザナク
|
ひとつだけ伺ってもよろしくて?
あなたが取り戻したいのは、かつての奥様……その絵の少女のような……シトラスさんやライチさんのような心を持つそんな奥様なのかしら。
それとも、今のあなたの横に並び立てる「一日に千の命を、自分の手を汚さずに殺す」そんな奥様なのかしら。
あるいは、昔「妻」であったものであれば、今はなんであってもかまわない、奥様本人の意思がどうであれ蘇ってくれればそれでいい、ということなのかしら。
|
■イザナク To:ゾフィー
|
……不思議ですね。妻が蘇り、ふたりで海が洗い流したあとの大地に立った後のことを考えようとすると、頭がぼんやりとしてくるんです──
妻が蘇れば、僕も「元の姿」に戻れる……おぼろげな妻の記憶も、その時になれば取り戻せる……答えはその時になれば、自ずと出ているでしょう。
|
■ゾフィー To:イザナク
|
「元の姿」に戻れる……契約にはそう明言されておりましたの?
もしかして、あなたはどこかで気づいておいでなのではございませんか。
もうあの時には戻れないと言うことに。
あなたがライチさんやレヴィーヤさんにしたこと、しようとしたことは、あなたの「神」があなたにしようとしていることと同じよ。
このまま進めば、あなたは自分を破滅させることになるわ。
いえ、あなただけでなく、あなたの子も、孫も、そしてあなたの最愛なる奥様も……。
|
■イザナク To:ゾフィー
|
我が神は「契約」してくださいましたから……「元の姿」に戻れると。
僕の心は、一切の破壊の後に訪れる新しい世界への悦びで満たされています。
迷いなど……今頃海の底。
この穢れに満ちた世界を破壊しなければ、再生は訪れない。
穢れた海、穢れた人々が住まうこの世界には、妻を呼び戻すことなどできない。
|
■ウーサー To:イザナク
|
なあ、おい。てめぇ、世界が如何なろうと、子供や孫が如何なろうと、そんなの構いやしねぇんだろ?
それくらいの恋女房、だったってことなんだよな――それとも、そいつも忘れちまったかい?
まあそのキモチってのも、理解らなくは無ぇがな……悪魔も滅ぼす英雄が、恋に狂って魔将になるってなぁ、そりゃあ「良くあるハナシ」だしよ?
|
ウーサーは故郷で聞いた英雄譚の幾つかを思い出しながら、バックパックに引っ掛けるようにして背負っていた盾のうち1枚を下ろし、膝に立てかけるように置きながら呟いた。
さらにもう1枚の盾も手に取り、こちらは腕に構える。
■ウーサー To:イザナク
|
てめぇのカミさんも、「元の姿」で蘇れるのかねぇ?
それによ、人間辞めたヤツの「元の姿」って言ったら、邪神の大好きな「アンデッド」しか無ぇんじゃねえのか?
|
■イザナク To:ウーサー
|
ふふ。
この世界から見て「負」の存在……ですか。この世界で生まれたあなたなら、そう捉えてもおかしくはありませんね。
|
■ゾフィー To:イザナク
|
レヴィーヤさんのペンダント、与えたのはあなたですの?
|
■イザナク To:ゾフィー
|
いいえ。……彼女に直接聞いてみてはどうですか?
|
■レヴィーヤ To:ゾフィー
|
(ドワーフ語)
うみのそこで……ひろった。
ぼろぼろにこわれた、ふねのそば……。
|
■ゾフィー To:イザナク
|
「ハプルマフル」とはどういう意味ですの?
いえ、どういう願いをもってお名付けになりましたの?
思い返していただけませんか、遠い遠い記憶の奥底から。
|
■イザナク To:ゾフィー
|
……絵筆の「こころ」の、ハプルマフルのことですか?
その名を付けたのは、あの忌まわしいドワーフ──たしかゴーギッシュとかいう名の──絵描きだったはず。
「Hapul」は「かわいい、自由な」、「Mafle」は「小さな存在」……それだけの意味です。
|
そこまで話すと、ひとつ小さく息を吐いて、全員の顔を見回す。
と同時に、イザナクの足元がふわりと地面から浮き上がった。
古代語魔法に精通した者なら解る――マナの力で術者を飛行させる「フライト」の魔法だ。
■ウーサー
|
……ちっ。コケさせてラクしようかと思ったが、手回しの良いことだぜ!?
|
ウーサーは、足元に立てかけていた2枚目の盾を手に取った。
僅かに逡巡するように視線を揺らし、鉄刀と持ちかえられるように、盾のフックの様子をちらりと確認する。
■イザナク To:ALL
|
……そろそろ、レヴィーヤと共に帰る時間です。親が心配しますから……。
|
■ウーサー To:イザナク&ALL
|
ああ、そうだな。
悪いがオレ様とリュナも、斬った張ったは明日が本番なんだ――このあと買出しだの、仕込みだのもしとかなきゃならねぇ。
もう、長口上も聞き飽きたしよ。そろそろ、ケリつけようや?
|
■イザナク To:ウーサー&ALL
|
わかりました。
|
イザナクの表情から、ことさらに優しい微笑みが消え失せたその刹那、中庭にはただ雨の音だけが響く静寂が訪れていた──まるで戦いが訪れるその場を清めるかのように。
|