黒ずくめの女
ウズマキの木の下で話し込んでいたリコリスに、突然戻ってきたパティの五感。
目の前の風景は、古くから立ち並ぶ家々がひしめき合う、下町風情あふれる路地だった。
霧に隠れたリンゴ畑とは違い、やや強まった雨が屋根を濡らし続けている。
■リコリス To:心の声
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(? ここどこ? ってかなんでリンク復活してるの?)
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パティ視界のすぐ横には、三角帽子を被ったリュナの横顔。
風景は規則正しく上下に揺れている。どうやらパティはリュナの肩に乗せられ、ゆっくりと路地を進んでいるところのようだ。
リュナが身につけているものや荷物に変化はない──肩掛けカバンが若干潰れている程度だろうか。
■リコリス To:心の声
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(え? なんでリュナナの肩の上にいるの!?
ヤツメちゃんは??)
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パティの様子が「小動物っぽく無くなった」のに気付いたのか、ふと視線を肩口へと向け、左手をやさしく首に添えて撫でる。
■黒ずくめの女 To:リュナ
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……どうかしましたか?
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リュナの隣には、黒ずくめの衣装を着た長身の人物が、肩を並べて歩いていた。
その声、その顔立ちは、リコリスには間違うはずもない──ほんの数時間前までは自分の隣にいたはずの、ライチそのもの。
ただし、衣装はイザナクが身につけていた漆黒のローブ、そして腰にはライチの黒い曲刀が提げられていた。
■リュナ To:黒ずくめの女
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……なんでもない。
うさぎ……不安になっただけ。
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緊張したような声で答えるリュナ。
リュナの足元に寄り添うように歩くのは、彼女の使い魔猫のスクワイヤだ。
だが、あの時一緒だったはずのヤツメの姿はどこにもない。
素早く通りの看板に視線を動かすと、「こおろぎ通り」──とあった。
■パティ To:黒ずくめの女
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ッキーー!
(ライさんを返してーー!)
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パティは黒ずくめの女に警戒心を露にすると、いきなり飛び掛った。
必要最低限の動きで身を引くことで、その攻撃をかわした女の視線は、懐かしささえ感じられる──あのライチの「どこを見ているかわからない、ぼやけた視界」を思わせるものだった。
空気を噛んだパティはそのまま地面に向かって落下し始め、ダメージを覚悟したその瞬間、かがみこんだリュナの両手にすぽっと受け止められた。
しっかりとパティを抱きしめたまま、耳元で素早くささやくリュナ。
パティは甘えるように頭をリュナにこすりつけた。
その時、黒ずくめの女は何かに勘づいたかのように歩みを止めた。
■黒ずくめの女 To:リュナ
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……その子には手を出しませんよ。
用事が済んだら帰るだけです。……急ぎましょうか。
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黒ずくめの女が足を早め、リュナが一瞬の躊躇ののちにその後を追う。
それきりふたりは、ひとことも言葉を交わすことなく黙々と歩いていく。
パティはリュナの腕の中でもがき始めた。
じたばたと暴れて、地面に降りたそうにしている。
■黒ずくめの女 To:リュナ
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降ろしてあげたらどうですか?
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リュナは緊張した手つきで、そっとパティを地面に降ろした。
パティはたたっと黒ずくめの女の足元に駆け寄ると、そのからだをすりすりとなすりつけ始めた。
そしてつぶらな瞳で黒ずくめの女を見上げる。
何か迷っているような、困っているような顔をしながら。
黒ずくめの女は優しく笑うと、パティをそっと抱き上げた。
パティは大人しく抱っこされ、鼻を引く引くとさせながら、黒ずくめの女の腕の中に納まった。
漆黒のローブから感じられる、鼻先を近づけなければわからないほどかすかな血の匂い。
そして、「あの時」とは違った、初めて抱き上げられたかのような手つき──
■リコリス To:ひとりごと
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(やっぱり…ちがう!
この人はライチさんじゃないっ!)
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■黒ずくめの女 To:パティ
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……「私」は明日、炎の剣をもって幼子を殺す「悪魔」ですよ。
あまり……懐かないほうがいいのではないですか?
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わずかな笑みを含んだ口調で、パティの長い耳元でささやくと、女はそっとリュナの腕の中にパティを押し付けた。
■黒ずくめの女 To:パティ
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おとなしくそこに収まっていなさい。
友人の無事とひきかえに、私に逆らえない彼女のようにね。
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「彼女」のところで女は、そっとリュナの肩を撫で付けた。
その手に睨みつけるような目線を送りながらも、パティを抱くリュナの両手には緊張が走り、こわばっていくのが感じられる。
そしてか細い声で言った──
■リュナ To:パティ
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……ヤツメもミガクさんも無事……リュナも、大丈夫。
ただでやられたりしないから。
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リュナはパティをなだめるかのように、背中をやさしく撫でる。
パティはリュナの腕に大人しく収まり、そして、慰めるように顔をリュナにこすり付けた。
一瞬、切なそうな…弱気な表情を浮かべたリュナだったが、すぐに唇を固くむすんで前を見た。
そしてそれっきり、ふたりは一言も言葉を交わすことなく、人気の無い「こおろぎ通り」をただまっすぐに歩き続けた──。
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