ゴルボロッソ
リュナが頷きながらそう言うと、突然『静謐』からにじみ出るようにして、半透明に透けた男性ドワーフの姿が空中にふわっと浮かび上がった。
「アンデッド」なドワーフは、テーブルの上にふよふよと浮かびながらも、折り目正しく正座しふたりに相対した。
厳格そうな老人が出てきてしまったせいで、ウーサーは師匠に叩き込まれた挙動と言葉遣いが、ついつい出てしまっていた。
重々しい声でそう宣い、ふたりにずいとにじり寄った。 リュナの通訳が終わるとパティは、ウーサーの肩から飛び降りると、困ったように首をかしげ、その場でぐるぐる3回まわり、北の方角に向かって数歩走って、こくりと頷く。
「リンゴ畑」のところで、前足をタシっとするパティ。
パティをひょいとつまみ上げ、無造作にリュナに手渡してから、ゴルボロッソに向き直る。
リュナの通訳を待っているあいだに、自分のペースを取り戻せていたようだ。
ゴルボロッソは無念さをにじませながら、ちぎれるほどに唇を噛んだ。
納得したかのように頷く。
幽体のゴルボロッソは、リュナのお道具箱にある筆にそっと手を伸ばすが、すかっ、すかっとすり抜けてしまう。
長いセリフを通訳し終えて、ふぅっとため息をついたあと尋ねてくる。
敢えて気楽そうな調子で応えて、筋骨隆々の肩を器用にすくめてみせる。
ぽふ、とリュナの頭に手を置いて優しく撫でてから、深呼吸して口を開く。
いつもの無表情な目元に、どこか引き締まった真剣さを宿しながら頷いた。
ゴルボロッソは、眉間に力をわずかに込めたが、落ちついた居住まいを崩すことなく、 低く良く通る声で先を促した。
ウーサーは立ち上がると、銀の大剣を引き抜き、その切っ先を床に突き立てた。
リュナが一言ひとことを噛みしめるかのように、ゆっくりと丁寧に時間をかけ通訳を終わらせると、ゴルボロッソに向かって小さく膝を折り、目礼した。
通訳し終えたリュナが、急に細い声になってつぶやく。
そっと手を伸ばし、絵に触れた。
ウーサーは大剣を鞘に戻し、絵に触れているリュナの前に屈みこんだ。
ガリガリと髪を掻き毟ってから、真っ赤になって目線をそらして、ぽそぽそと呟くように続ける。
なぜか耳まで真っ赤になったリュナは、視線を逸らしたウーサーの横顔を見つめ、俯く。
短くそれだけ言うと、こくり、と頷いた。
ゴルボロッソはひとつ重々しく頷くと、『静謐』の中に溶け入るようにして、ふわっと姿を消した。
パティはOKの印に右耳を折ろうとするものの上手に出来ず、耳がぴくぴくするだけにとどまってしまう。
何だか目を潤ませながら、パティの背中をもふもふもふもふと撫でるリュナ。
パティはもう一度、前足で右耳を折った。
1階に戻り、再び雨に濡れる町に出るふたり。
三角帽子に付いた雨粒をぱっぱっと払ってから、かぶり直した。
ぽむ、とスクワイヤのにくきゅうがウーサーの足に触れた。
苦笑を浮かべつつリュナの頭を撫で――ようとして、帽子を被っているのを思い出して手を止める。
名残惜しそうに一声鳴いてから、スクワイヤはリュナの肩にするりと戻った。
俯きがちだったリュナはぱっと顔を上げて、目元を嬉しげにほころばせながら言った。
小柄で童顔なのをからかってみたつもりが、鮮烈なカウンターでペースを乱されてみたり。
ウーサーはそう叫ぶと、素早く踵を返し、振り返りもせず全速力で北のほうへ──仲間たちの待つ林檎通りへと走り去って行った。
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