モザイクな午後
雲が徐々に濃くなり、厚くなってきた午後。
賑やかな通りをひとつ折れて、人通りの少ない「月影通り」に入っていくふたり。
中に入ると、先客が居た。
イェンスに軽く会釈をしつつも、さほど間をおかない再訪問に、つぶらな瞳を大きく見開いて驚いていた。
イェンスに握手の手を差し出す。
ガッチリ握手。
第六感が危険を察知したらしい。
つかつかと椅子に歩み寄って腰を下ろしたゾフィーは、続いて少年に声をかけた。
一瞬慌てたような表情を浮かべたあと、丁寧にドワーフ語で返す男の子。
後頭部が見えるくらい、ふかぶか〜とお辞儀する。
にこりともせず、真顔で応じるゾフィー。
何を想像したのか反射的に謝るナギ。
こちらも深々とお辞儀〜。
背筋を伸ばして、にこにことおだやかな口調で答えるナギ。
「かわいい」という単語を初めて使った、使ってみたかった──というような表情で、嬉しそうに、そして「合ってるかな?」という表情で発音するナギ。
あいかわらず、まじめくさった調子で指導を入れるゾフィー。
新しい知識を得られて嬉しそうだ。
再び机に向かっていたミガクが振り返り、手のひらにふたつ、革紐のブレスレットをのせてナギに差し出した。
ほほを赤らめながらそう念をおすと、大事そうに小さなショルダーバックにそれを仕舞い込んだ。
なんて。大人のセクハラオヤジなツっ込みしてみたりして。
耳まで赤くなって、もじもじと答える。
はにかみながらそう答えるナギ。特に荷物を持っていないところを見ると、これから道具を準備して向かうのかもしれない。
そう言いながら、フード付きの上着をはおるナギ。
ナギはドアの前でぺこっとお辞儀をすると、まだ雨の降りしきる町へと出て行った。
ナギが出て行くのを確認すると素早くベルトポーチの蓋を開けてしろを取り出す。
素直に感心したかのように、ヒゲを撫で付けながらしろの姿を見送るミガク。
微笑ましげに目を細めたあと、ふと思い出したかのように手元の道具を仕舞い始めた。
改めてふたりに向き直り、椅子に座り直してから問いかける。
もう一度椅子に座り直して、ゾフィーをまっすぐに見つめながら応じた。
にわかには信じられない、といった表情で、困惑したように自らの額を撫で付け始める。
次々と浮かんでくる疑問を、すべて口に出していると言った様子のミガク。
本当に困ったような、しかし優しげな苦笑を浮かべてぽりぽりと頭を掻いた。
ミガクはおでこを押さえつけたまま机に肘をついて、考え込んでしまった。
不安げな瞳で、ゾフィーとイェンスを交互に見た。
ミガクは、ごつごつした指の間で弄んでいたモザイクの欠片を、机の隅にそっと置いた。
机の上に置かれたモザイクの欠片を、等間隔に並べ始める。
並べたモザイクの欠片が、ランタンの暖かい光を受けて揺れるのを見つめながら、ミガクは言った。その横顔はどこか寂しそうにも見えた。
ミガクは両頬をぱちんと叩くと、ゾフィーとイェンスに感謝の気持ちを込めて目礼した。
使い魔しろが追うナギの姿は、一度港近くにある自宅らしき家の中へと消えていた。
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