静かな墓地で
リコリスは小さな鉄製の門をくぐり、墓地の中に入った。
墓守のおじさんに言われたとおり、入って目の前の墓標の列を左手に見ながら、東のほうへと歩き出す。
■リコリス
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え〜と、確かこっちの方って言ってたよね。
それにしても、落ち葉がとっても綺麗〜。
もっとゆっくりできるときに来たかったかも。
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雨に濡れたイチョウの葉が舞い落ちて、あちこちに黄色い絨毯をつくっていた。
それなりの広さを持つ墓地は、ぐるりと柵で囲われているらしい。
敷地の外側は、そのままイチョウの林へと続いているようだ。
しばらく歩いてようやく、列の端にたどりついた。
雨に濡れて佇む墓標は、角を丸く削られた石の壁のような形をしており、その劣化具合からかなり古いもののように見えた。花は添えられていない。しかし、墓守のおじさんの心遣いか、きちんと掃除がなされていた。
ちょうど柵で区切られたイチョウ林の入口あたりに、小さな白い花が揺れている。
■リコリス To:白い花
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あ、ちょうどいいところに綺麗な花が。
少し分けてね。
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リコリスは白い花を数輪手折ると、束にして手に持ち、教えられた墓へと向かう。
近づいて良く見てみると、墓標には短く文字が刻まれていた。
しかし、リコリスには読めない文字であった。
■リコリス
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読めない……けど、多分ライさんのママのお墓だよね?
初めまして、リコはリコリスっていって、オランの街でライチさんにお友達になってもらいました。
ライチさんは優しくてとっても頼りになるステキな女性です。
これからも仲良くしてもらいたいので、ママさんもよろしくお願いします。
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花を手向け、手を合わせて静かに語りかける。
そして、ラーダの聖印を切って、ゆっくりと頭を下げた。
■リコリス
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さてっと、じゃあ次は墓所の地下に行かなくちゃ。
どこにあるんだろう?
さっきのおじさんに聞いてみようかな?
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リコリスは、もう一度、ライチママの墓に向かって一礼すると、墓守のおじさんのいる場所に向かって行こうとした──その時。
■女性の声 To:リコリス
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誰だ。そこで何をしている!
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低く、警戒を込めた鋭い声。
リコリスが身を入口のほうへ向けようとしたその瞬間に、その刺すような声がいきなり聞こえてきたのだ。
■リコリス To:女性
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え? あ、あの…ごめんなさい。
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ビクッと身体を震わせると、反射的にものすごい勢いで頭を下げて謝った。
■ライチ To:リコリス
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……?
あ、あれ? ……リコ!?
ど、どうしたのこんなところで……な、なんでここにいるの?
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そこには、剣の柄に左手をかけ、今にも抜刀しようかと身構えていたライチがいた。
近づいてようやくリコリスの姿をはっきりと視認できたのか、あわてて剣から手を離すと、心底驚いた様子で──リコリスの姿を見つめていた。
■リコリス To:ライチ
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あ、ライさん。びっくりした〜。
リコね、はがくれやさんを探してここにきたの。
で、ハノハノさんからライさんのママがもう亡くなってるって聞いて、せっかくここまできたからお墓参りさせてもらったの。
勝手なことしてごめんなさい。
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ライチを怒らせてしまったのではないかと不安そうな顔で丁寧に頭を下げた。
■ライチ To:リコリス
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ああ……そうだったんだ。
こっちこそごめんね、リコ。よく見えなくて……私の……母のお墓参りするひとなんて、私以外にいないから、驚いちゃって。
ほんとにごめんね、リコ……。
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そう言うとライチは、いつもリコリスと話す時はそうするように、身をかがめて顔を見つめ──そして、そのままリコリスを不意に抱きしめた。
■リコリス To:ライチ
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???
ライさん、どうかしたの?
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いつもの明るい感じではない、妙に切迫した緊張感が、背中に回されたライチの手から伝わってくる。
ふと見ると、ライチの右手上腕には、鋭利な刃物で深々と斬りつけられたかのような傷が付いていた。だが裂けているのは黒い服だけで、肌には傷は付いていないようだ。
■リコリス To:ライチ
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―――っ!
………………。
なにかあったの?
大丈夫、大丈夫だよ。
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リコリスはライチの様子にただならぬものを感じたものの。
まずはライチを落ち着けようと、あえて落ち着いた声で話し、安心させるかのようにゆっくりとライチの背をなでさすった。
そしてそのままライチの頭に手を伸ばし、ゆっくりとそして何度も髪を撫でつけた。
きつく抱きしめていた両手が、ややゆるんだ。
リコリスからはライチの顔は見えないが、彼女の息づかいがわずかに震えているようにも感じられる。
■ライチ To:リコリス
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……ごめ…ん。ごめんね、リコ……。
なんでもないんだ……。
あはっ、なんだかいろいろ思い出しちゃって……
久しぶりの……故郷…だから。感傷的…に……
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そっとリコリスの体を離したライチは、泣いていた。
リコリスに涙を見られたくないのか、顔を横に背けたまま。
安心させるかのように笑ってみせるが、すぐに言葉を詰まらせてしまう。
そんなライチを心配そうに見上げたリコリスは、少しだけ逡巡した後に、そっとライチの背に廻って抱きついた。 ライチは少し驚いたように身を固くしたが、すぐにその緊張が解けていくのがわかる。
■リコリス To:ライチ
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ライさん、あの、泣きたい時は泣いてもいいんだよ。
こっからならリコには見えないから。
ね。
なにか怖いことでもあったの?
怖いこと思い出しちゃった?
大丈夫だよ、リコがライさんのこと、守ってあげる。
リコ、戦うこと苦手だけど、頑張るから。安心してね。
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背中側から抱きついたリコリスは、ふと、ライチのベルト部分に違和感を感じた──ベルトの背中側に、見慣れないものが挟まっている。
それは、ゾフィーが持っていた銀の扇だった。
そして、ライチがいつも腰の左側から下げていた2本のダガーが、今は1本しかないことにも。
■リコリス To:心の声
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………………?
(いったいなにがあったんだろう?
でも……今は聞かない方がいいかな?
必要ならあとで教えてくれると思うし)
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■ライチ To:リコリス
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……ありがと……。うん、ごめん。もう……大丈夫。
ちょっと、ね……母のこと、思い出しちゃっただけなんだ。
心配させて、ごめん。
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ライチは乱暴に目元を拭うと、ひとつ息を吐いてから振り返り、小さなリコリスの姿をそっと抱きしめ返した。
■リコリス To:ライチ
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ううん、いいんだよ。だってお友達だもん。
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なんだか照れくさそうだ。
■ライチ To:リコリス
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お花、手向けてくれたんだ……ありがとう。
母は寂しがり屋だったから、喜んでいると思うよ。
今日はね、母にこれを返そうと思って……。
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ライチはベルトポーチから、黒い布にくるまれた包みを大切そうに取り出した。
結び目を解くと、そこには破片が繋ぎ合わされた、あの時壊れていた眼鏡があった。
■リコリス To:ライチ
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あ、眼鏡!
すっごい、ちゃんと形に戻ってる。
ライさん、よかったね〜♪
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リコリスは、とっても嬉しそうに眼鏡を見た。
■ライチ To:リコリス
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私が素人仕事でくっつけただけだから、ずれまくってるし、つなぎ目はどうやっても取れないから……もう使えないけど、ね。
でも、新しい眼鏡はちゃんとミガクに注文してきたよ。
出来上がるのは3日後くらい……なんとかエレミア行きには間に合いそうだけど。
しばらくはぼやけた視界と付き合わないといけないね〜。
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リコリスの笑顔につられたのか、いつもの明るい調子が少しずつ戻ってきたようだ。
■リコリス To:ライチ
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あ、これからママさんにお話するんだよね。
リコ、離れたとこにいたほうがいい?
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■ライチ To:リコリス
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ん? 私は別に構わないけど……そういえば、そろそろみんなの待ち合わせの時間じゃない?
私は……母に報告することがたくさんあるし、この後も行くところがあるから……リコ、気にしないで先に行ってていいよ。
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優しい笑顔でそう言うと、眼鏡をそっと墓標の前に置いた。
■リコリス To:ライチ
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うん、わかった。じゃあ、先に行ってるね。
あ、ライさん、カエルにされた「悪魔」が昔封印されたってリコ、聞いたの。
変なカエルには気をつけてね。
夜ご飯は一緒に食べようね〜♪
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■ライチ To:リコリス
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……えっ? ……あ、う、うん。
気をつけてね、リコ。
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ライチは素っ頓狂な声で驚いた後、リコリスに小さく手を振った。
リコリスは、ライチの邪魔にならないように、静かにその場を後にしようとし――急に何かを思いついたかのようにライチの元に駆け戻った。
■リコリス To:ライチ
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あ。そうだ。ライさん、はい、これ。
あったかいから持ってて。
身体がポカポカすれば、寂しさもちょっとは癒されると思うから。
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リコリスがそういって差し出したのは、黒い野うさぎ。
肩掛け鞄の中でほんのりほかほかになっている。
大丈夫だとは言ってくれたものの、今のライチを一人にするのは、やはり心配らしい。
■ライチ To:リコリス
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……え? こ、この子……大事な子じゃないの?
あ、え〜っと……困ったな、リコリスと離されて、鳴いたりしたらどうしよう?
私、この子を雨から守れる鞄みたいなもの、持ってないし……。
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差し出されるがまま受け止めて、胸の前で抱っこするが、その表情は困惑顔だ。
パティは鼻をひくひくさせて、ライチの臭いをかいでいる。
そして、なにか安心したように、ライチの手の中で丸くなった。
飼い主の元に戻る意思は皆無のようだ。
■ライチ To:リコリス
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ん……かわいいね。この子、なんて名前?
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ライチはそっとパティの背中を撫でさすりながら尋ねる。
■リコリス To:ライチ
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パティっていうの。
あのね、ウーさんがパティパティ…じゃなくて、ぱてぃしえだから、ウサギ仲間のこの子もパティにしたの。内緒だよ。
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今明かされる命名のヒミツ!
■ライチ To:リコリス
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パティシエ? ウーサーが!?
そうなんだ……でもさ、それ、彼が知ったら怒るんじゃない? ふふふっ。
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ウーサーのエプロン姿でも想像しているのか、可笑しそうにくすくす笑うライチ。
■リコリス To:ライチ
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ウーさんのお菓子、とってもおいしいんだよ♪
でも、ホントに内緒だからね。お菓子食べさせてもらえなくなったら、リコ、悲しいから。
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■ライチ To:リコリス>パティ
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ふふ、わかったよ。
……ねぇパティ、お前は寂しくないの?
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パティの首のうしろをかいぐりしながら。
ライチのことをつぶらな瞳で見上げたパティは、気持ち良さそうに目を閉じた。
■リコリス To:ライチ
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大丈夫、その子、いい子だし、頭もいいからライさんを困らせたりはしないと思う。
あ、鞄はえっと…これ(ウサギ専用肩掛け鞄)でよければ入れてく?
鞄に入れたままでも結構あったかいから。
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ぬくもりが伝わることが重要らしい。
■ライチ To:リコリス
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……じゃあ、鞄ごと借りていこうかな。濡れたらかわいそうだからね。
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ライチはリコリスから肩掛け鞄を受け取ると、そっとその中にパティを入れた。
そのまま左手でパティの耳をもふもふと撫で続けている(笑)
■リコリス To:ライチ
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リコはこの後、墓守のおじさんに悪魔カエルが封印されたっていう地下墓地の入り口聞いてから戻るね。
何か皆に伝言とかある?
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■ライチ To:リコリス
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そう……。ん、伝言は特に無いよ。ゾフィーさんにも夜には戻るって、言ってあるから。
じゃあ、気をつけてね。
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■リコリス To:ライチ
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うん、ライさんも気をつけてね〜。
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ライチと分かれたリコリスは、ふたたび墓地の入口へと戻ってきた。
墓守のおじさんの姿を探してキョロキョロすると、今度は近くの墓標を丁寧に水拭きしているところであった。
■墓守のおじさん To:リコリス
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やあ、お嬢さん。お墓参りはすんだのかな。
さっきライチさんが入っていったようだけど、会えたかい?
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■リコリス To:墓守のおじさん
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うん、会えたよ。
でも、邪魔になると悪いから、先に戻ってきたんだけど。
あ、おじさん、聞いて聞いて。
リコ、さっきはがくれやさんのハホハホさんに会えたの♪
それでね、ここに地下墓地があるって聞いたんだけど、入り口が何処にあるか教えてもらえる?
リコ、その中をハホハホさんに見てくるってお約束したの。
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■墓守のおじさん To:リコリス
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ほほぅ、じゃあお嬢さんは今日一日幸運だね。おめでとう。
ん、地下墓地……地下??? いやあ、ここは地上にしかお墓はないよ?
もっとも、昔は……おじさんも生まれていないほどのずっとずっと昔は、イチョウ林のさらに奥のほうまで、墓地が広がっていたって話だけれどね。
もしかして、その頃の話だろうかね?
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墓標を拭き拭きしながら、首を傾げるおじさん。
■リコリス To:墓守のおじさん
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うん、すっごく昔の話みたいなこといってたよ。
イチョウ林のもっと奥って、ライさんのママのお墓の先ってこと?
おじさん、行ったことあるの?
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■墓守のおじさん To:リコリス
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詳しくは知らないけれど、位置的にはそのくらいじゃないかね?
いやぁ、おじさんは行ったことはないよ、何もないイチョウの林だし、この広い墓地を掃除するのだけで手一杯だからねぇ。
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穏やかに応えるおじさん。その頃リコリスの腹時計は、今戻らないとお昼ごはんの待ち合わせに遅れてしまいそうなことを告げていたが……
■リコリス To:墓守のおじさん
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そっか〜。
ん〜、じゃあ、リコ、ちょっと見に行ってくる。
おじさん、ありがとね〜。
(急いでいって、見るだけ見て帰ってきちゃえば、そんなに遅れないで済むよね)
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あわただしくおじさんの前を辞すると、リコリスはイチョウ林の奥に向かって走っていった。
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