ネホリーナの穴
忘れ物を預かっているゾフィーとウーサーは、おかみに教えてもらった裏路地に入り、「ネホリーナの穴」の看板を探した。
まだ日は高いはずなのに、ますます暗さを増すスラムの道を歩いてゆく。
■ゾフィー To:ウーサー
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あなたの視点のほうが、看板は見つけやすいのではございません?
おそらく、このあたりのはずなのですけれど……。
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ほどなくして、風に揺られてキ〜コキ〜コと音を立てる、赤いどくろの形をした木製の看板が見つかった。
入口には扉はなく、真っ赤な布で仕切られているのみだった。
ぞの真っ赤な布をじろじろと眺めたゾフィーは、おもむろにウーサーを見上げ、再び視線を「ネホリーナの穴」の入口に戻した。
■ゾフィー To:ウーサー
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入口の大きさからおもんぱかりますに、わたくしから入った方がよさそうですわね。
お先に失礼いたします。
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布をたくし上げてそっと中に入ると、そこままさに「穴」だった。
ウーサーにとっては身を屈めなければ入れないほどの狭い空間。
正面には、板を渡しただけの簡素な机と、丸いすがひとつ。
さまざまなカエルの形をしたオブジェが並ぶ、今にも壊れそうな棚が奥にひとつ。
そして──
■赤色のカエル To:きたひとたち
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……ゲコゲコ。
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机の上にはなみなみと水が注がれた皿があり、そこに一匹のカエルがいた。
カエルは水の中から顔だけを上げて、じーっとふたりの様子を見ている。
■ウーサー To:ゾフィー、赤色のカエル
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実は、こいつが店主……なんてこたぁ、ねえよな?
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窮屈そうにちぢこまりながら、店内をキョロキョロと見渡す。
■赤色のカエル To:きたひとたち
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ゲコゲコ、ゲコゲッコ。ゲッゲッゲコゲコ、ゲゲコゲコ。
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そんなウーサーの様子を見てか、赤色のカエルは何かをまくしたてるかのよーにせわしなく鳴き出す。
■ゾフィー To:ウーサー
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とりあえず、わたくしの目と耳とには、この場所自体になにか仕掛けがあるようには伝わってまいりませんが……。
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耳を澄ませ、狭い空間をひととおり見回した後、ゾフィーはあらためて皿の中のカエルをしげしげと見やった。
■ゾフィー To:ウーサー
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ごらんなさい、動きや目つきからして人間並みの知性がありそうですわよ。
さて、どうやって意思を通じさせればよいのかしらね。
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■ウーサー To:ゾフィー
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おいおい……機嫌を損ねたらカエルに変えられちまう、なんて事はねぇだろうなぁ……?
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ゾフィーは、カエルの知性を感じさせる瞳に、自分の視線を合わせながら用件を切り出してみた。
■ゾフィー To:赤色のカエル
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こんにちは、ゾフィーと申します。
銀の網亭のおかみさんから、ネホリーナさんの物とおぼしき「忘れもの」をことづかってまいりました。
わたくしの話している言葉は、おわかりですか?
おわかりでしたら、恐縮ですが一回だけ鳴いてくださいませな。
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すい〜とお皿の縁まで泳ぎ、ぴょこたと皿のふちに飛び出す。
そしてまるで人族がそうするように、皿の縁に足を組んで座った。
■赤色のカエル To:ゾフィー&でっかいの
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ゲコゲコ。ゲッゲゲコ。
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水掻きのついた手で自分の隣の皿の縁をぺっしぺっしと叩く。
まるで「ここに座れよ。まぁ座れ」と誘っているようである。
■ゾフィー To:赤色のカエル
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困りましたわね。
ヒトの言葉は、お話になれませんの?
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こくこく頷く。肯定した。
■ウーサー To:赤色のカエル&ゾフィー
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こ、ここに座れってか……?
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赤カエルとゾフィーの顔色を窺いつつ、おっかなびっくり席に着く。
ものすごく嫌そうな声を上げた後、ぶんぶんと頭を左右に振る。
そのあと、再びぺっしぺっしと皿の縁を叩きまくる。
何だか「そこじゃない、ここだっ」と主張しているようにも見える。
ナニを言いたいのか解りかねているのだが、とりあえず挨拶だけはしておくことにする。
■ウーサー To:赤色のカエル
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オレ様はウーサー・ザンバード……ゾフィーの姐さんと同じ、「銀の網」亭の冒険者だぜ。
姐さんの言うとおり、オレ様たちは忘れ物を届けに来たんだよ。
それとついでに、占ってほしい……ていうか、何か知ってないか、確認しときたいことがあって来たんだが。
ネホリーナって婆さんは、不在なのかい?
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■赤色のカエル To:ウーサー
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ゲコゲコ。ゲコゲーコ、グワッ、グワッ。ゲッコゲコゲコ、ゲコゲッコ。
グェッ。
グェッ。
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水かきの手で自分を指さしたあと、何かを伝えたそうに身振り手振りを交えつつ熱く語る(?)赤ガエル。
しかしカエルが社交ダンスをしているかのような滑稽な動きにしか見えなかった。
■ウーサー To:ゾフィー>赤色のカエル
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なあ……まさかとは思うけどよ、マジで婆さんが赤カエルになっちまってるってワケじゃねぇよな?
ええと、なんかさっきはココを叩いてたよな? ここ触れってか?
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おそるおそる、赤色のカエルが叩いていた皿の縁のあたりに指を触れてみる。
水かきの手をおでこにくっつけ、天を仰ぐような仕草をしたあと、再び顔をぶるんぶるんと左右に振る。
■ゾフィー To:赤色のカエル
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今、なんだかあなたの気持ちにものすごく共感してしまいましたわ。
さて、なにか良い方法はございませんかしらね。
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めずらしくも同情のこもった声を出した後、あらためて役に立ちそうな品がないか小屋の中のあちこちに目を向けるゾフィー。
やがて、その目が机の下に向けられた、なにかに気づいた彼女は銀の扇を取り出し、ウーサーの膝のあたりをぱしぱしと叩く。
■ウーサー To:ゾフィー
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な、何だなんだ!? なんか踏んじまってたか?!
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■ゾフィー To:ウーサー
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そんなに慌てたら、本当に踏んでしまうではございませんか。
ちょっとあれを拾って……といっても、あなたではその机をひっくりかえしかねませんし。
仕方ありませんわ、その膝をちょいと詰めていただけませんこと。
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■ウーサー To:ゾフィー
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お、おいおい! オレ様は其処まで大雑把じゃあ……あることもある、かな?わかったわかった、じゃあええと……コレでどうよ?
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■ゾフィー To:ウーサー
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ええ結構ですわ、ではごめんくださいませよ。
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やがて、ゾフィーは机の下から豆粒のような蛙の細工を拾い上げた。
拾い上げたそれは粘土でできており、触った場所がくぼむが、弾力性をもって回復する。
しばしそれを観察していたゾフィーだが、あきらめたように首をふった。
■ゾフィー To:ウーサー
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水を満たした皿があるというのが、気になりますわね。
自分で用意したのか、誰かが置いていったのか。
いずれにせよ、ある程度長い時間ここに蛙がいることが想定されているわけですわ。
というわけで、こちらとしてもあせらずまいりましょうか。
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そう言いながらゾフィーは、赤色のカエルの隣、しきりに叩かれていた場所に小さな粘土細工を置いてみた。
■赤色のカエル To:ゾフィー&ウーサー
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ゲコゲコ。
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目をくりくりと大きく見開いたあと、カエルにとっては自分の頭ほどもあるその粘土細工を両手ではっしと持ち 上げる。
そして、その粘土細工のカエルの顔を、ゾフィーとウーサーにまっすぐ向けた状態で、ふたりに差し出す仕草をした。
■赤色のカエル To:ゾフィー&ウーサー
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ゲコゲコ。ゲコゲッコ。
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粘土細工の顔を、自分の顔──というか口元に近づける。
そしてまた、ゾフィーとウーサーのほうへ粘土細工の顔を向ける。
同じ動作を3度やって見せて、最後にもう一度、ふたりへ差し出す仕草。
■ゾフィー To:赤色のカエル
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この細工の顔に口づけせよということなのかしら。
顔ならどこでもよろしくて?
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■赤色のカエル To:ゾフィー&ウーサー
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グェッ。
ゲッゲッゲ、ゲコゲコ。
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ちいさな指で、粘土細工の口先を指差す。
■ゾフィー To:赤色のカエル
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まさか、それをしたらこちらも蛙の形になってしまうということはございませんわよね。
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■赤色のカエル To:ゾフィー&ウーサー
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ゲコゲコ。
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赤色のカエルは、ぐっと親指を突き立てた。
■ゾフィー To:赤色のカエル
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わかりました、ではその細工物を貸していただけます?
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赤色のカエルにむかって右の手のひらを差し出すゾフィー。
うんしょと手のひらの上に粘土細工のカエルを置く。
ゾフィーは僅かに水気を帯びた粘土の豆ガエルがのった手のひらを、いったん目の高さまで持ち上げ……
……そのままウーサーの前に突きだした。
■ゾフィー To:ウーサー
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……だ、そうですわよ。
あなた、よろしかったらお試しになってみませんこと?
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■ウーサー To:ゾフィー
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…………なんてこった。英雄譚どころか、お伽話じゃねぇかこりゃ(苦笑)
まあ、このままじゃあ埒が開かないわな。姐さん、ちょいとその粘土カエルを貸してくれよ。まずはオレ様が試してやらぁ。
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赤カエルのサムズアップを『こちらも蛙の形になってしまうということはございません』という意味だ、と解釈したウーサーは、粘土カエルの口を自分の頬に触れさせる。
■ウーサー To:赤色のカエル&ゾフィー
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……さて、どうよ?
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しかし、何も起こらなかった。
■赤色のカエル To:ウーサー
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グェェ。
ゲッゲッゲコゲコ、ゲコッ。
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赤色のカエルは落胆したかのよーに、ばしゃんと水の中に落ちた。
そしてふたたび水面から顔だけむっくりと出すと、自分の頬のあたりを指さし、ぶるんぶるん首を振る。
そして次は、自分の口先を何度も何度も指さした。
■ウーサー To:赤色のカエル
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あ、わりぃワリィ。こっちか。
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そして今度は、粘土カエルの口を赤色のカエルに触れさせてみる。
■赤色のカエル To:ウーサー
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…………♪
Σ グェッ。グワッグワッグワッ。
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一瞬うっとりとした表情でちぅを堪能していたかのような赤色カエルだったが、すぐさま我に帰ってぺしっと水かきの手で裏手ツッコミを入れた。
■ウーサー To:赤色のカエル
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え、なんだよ!! 違うのかよ!?
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■ゾフィー To:ウーサー
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あら、このカエルはそっぽを向かな……やれやれ。
でも、そろそろ潮時かもしれませんわね。
機嫌をそこねて、話せる話が出来なくなってしまいましてもなんですし。
年を取ってくると、自覚している以上に気が短くなってしまうこともございますから。
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そう言いながら、ゾフィーは懐中から小袋を取り出した。
■ゾフィー To:赤色のカエル
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銀の網のカウンターに「忘れもの」をなさったのは、あなたですか?
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■赤色のカエル To:ゾフィー
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グェッゲコゲコ、ゲコゲッコ。
ゲコゲコ。
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またも意味不明な身振り手振りつきで鳴き出すカエル。
そして最後にこくこく頷いた。
■ウーサー To:赤色のカエル
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成る程!
つまり「忘れもの」のカエルとこの粘土のカエルをキスさせろ、と。そういうことが言いたいんだな!?どうだ、今度こそ正解だろうが!!
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壮大に半回転するような仕草で、再びぼちゃんと水の中に没した。
そしてむっくりと顔を上げると、背中に果てしなく深い哀愁を漂わせながら、すい〜、すい〜〜〜と水の中を泳ぎ始めた。何かを悟ったよーな表情をしている。
■ウーサー To:赤色のカエル
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え? 駄目……なの、もしかして? しかも今度は、ツッコミすら無しっすか?
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