決戦はダンスホール
できるだけの準備はした。
そう判断した一行は、小部屋を出てロビーの階段を駆け上がり、2階のダンスホールへ向かう。
とびきり豪華な装飾が施された大扉の前に立ったとたん、カボチャやナメクジが入って行ったときと同じように、ギギッ……っと重厚な音を立てて、大扉が観音開きに開いていく。
同時に、冷たい風が一行の頬を撫でつけた。
対面の壁にあるガラス窓はすべて開け放たれており、暗い闇から粉雪とともに風が吹き込んできている。外では、また雪が降り出しているのだ。
■カボチャ To:アバラン
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(西方語)
ほ、ほらネズミたちが逃げずにご挨拶に来たであります!
抹殺の手間が省けたってもんであります。
げっげっげ。……ぜぇぜぇ。
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何やら消耗した様子のカボチャの声が聞こえてくる。
やはり他の部屋と同じように、魔法の光で照らされた広いダンスホールには、先ほどまでたくさんの動物たちで埋め尽くされていたせいか、独特の獣の匂いが充満していた。
形だけ整えられた丸テーブルの上や床には、食べ物の残骸や、鳥の羽根などが無秩序に散らばっている。
正面にはバルコニー。左手には一段高くなったステージがあり、そこにアバランとカボチャ、氷漬けのユズリハの姿があった。
■アバラン To:カボチャ>ひとりごと
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(西方語)
うるせぇ! そもそもこんなことは、俺様の筋書きには無かったはずなんだっ!
(共通語)
……どこで狂った? お前たちを巻き込んだ夜からか?
……欲張り過ぎたってことか……?
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氷漬けのユズリハに向き合い、今まさに何かの魔法を唱えようとしていた様子のアバランは、身振りを中止してゆっくりと冒険者たちの方へ振り返った。
寸前にちらりと見えた背中側に、青銅色を帯びた棒状のものが見えた。
着ている皮鎧は鉤爪で切り裂かれたかのようにボロボロで、ひとつに結わえた長い黒髪も乱れている。しかし、外傷は無いようだ。
顔色も悪くないが、かわりに激しい怒りと動揺とで、表情は醜く歪んでいた。
■ジン To:ALL
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お前達、ね。
俺達はばあさんのオマケで連れてこられたってことかな。
なんともハタ迷惑な話だ。
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■アバラン To:ジン
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そう、ついでって奴だ。
言ったはずだろ? お前たちは「端役」……。
だが……「悲劇の主人公」にはなり得る……とな。
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■リュネット To:アバラン
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主役はリュントよ。
そこんとこ間違えないでね(微笑)
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■アバラン To:リュント
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お前は端役以下だな。針葉樹の役でもやってるか?
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■ジン To:アバラン
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まあ、何にしても気まぐれに不確定要素を増やすのは策士のすることじゃない。
意図せずに増えたとしても、すぐに軌道修正すべきだったな、あの時に。
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■アバラン To:ジン
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そうだな……お前の言う通りだ。
手加減などせずに殺しておくべきだった……全員を。
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■ヒノキ To:アバラン
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よーぉ、久しぶりだな。
ずいぶんボロボロになってまぁ、みすぼらしくなったもんだな。
……言ったよな。【今度逢ったら、ぶん殴る】って。
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ぎっ、と音が聞こえそうなほど拳を硬く握り、胸の前で突き出す。
■アバラン To:ヒノキ
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あぁ、言ってたな? そして俺様が、【当たればな】と返したんだ。
お前が望むなら、ステージのど真ん中でその拳を受けても良いぜ?
そのへたくそな変装のまま、死んでも悔いが無いのならな……。
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口元だけに笑みを浮かべて嘲るが、声にはピクシー村で会ったときほどの軽さは無い。
まるで、頭の中で別なことを計算しているかのようだ。
■ヒノキ To:アバラン
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死ねと言われて素直に頷けるほど良い子じゃないけどな。
それでも今は、命を張るに値する時なんだよ。
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無駄に命を捨てる真似はしたくないと言っていたヒノキが、今この時は覚悟を決める。
■アール To:アバラン
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はいはい、「リュントと愉快な仲間たち」参上〜。
…
せっかく、再会したってんだから、もっと喜んだらどう?
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■アバラン To:アール
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ドブネズミに家を荒らされて喜ぶほど、俺様は愉快な人間じゃないんでね?
それに……再会だと?
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女装を今だ解いていないリュント、そして人間の少女のようになっているミァのほうを見る。
■アバラン To:リュント>ALL
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……けっ、上手く化けてるもんだな。俺様は骨太な女は嫌いだが、顔だけで言うならばなかなか好みだぜ?
装備さえ同じでなけりゃ、騙されていたところだ。
羽虫の村では見かけなかったその小さいのが、だんご頭のグラスランナーってところか。
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■リュネット To:アバラン
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何をおっしゃっているのかぜん〜〜んぜん分からないわ〜〜(微笑)
貴方が、気色の悪い俺様とか自分の事を言うバカランさん?
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■アバラン To:リュネット
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変装の出来は認めてやるがな……自分の声の気色の悪さを自覚しろよ、筋肉野郎。
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■リュント To:アバラン
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声はこれから修行するんだ!
それより自分の名前を間違えられたことくらい気付きやがれ!
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■アバラン To:リュント
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くだらん冗談は無視する主義なんでな。
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■ヒノキ To:アバラン
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いや、コイツ(リュント)は本気で言ってるから。
ここは怒っていい場面だぞ。
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で、怒ったついでに冷静さを失って隙を見せてくれないかな、などと狙っていたり。
一行の顔ぶれを吟味するかのように眺めていたアバランは、リナリアとノールの姿を確認すると、さらに表情を歪めた。
瞳の奥に焦りにも似た狂気を宿しながら、背中に背負っていた銀色に輝くバスタード・ソード──リュントの魔剣だ──を勢い良く引き抜き、挑発するようにリュントに向かって突きつける。
と同時に、テーブルの影から4つの大きな影がぬっと顔を出し、冒険者たちの方へ歩み出てきた。
眼球はずるりと抜け落ち、皮は腐りかけて剥がれ、執拗に息を吐く口からはだらりと長い舌を垂らした、あきらかに不死の生命を宿した動物たち。
■カボチャ To:アバラン
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(西方語)
我輩のかわいいゾンビーたちの出撃、いつでもオッケーであります!
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■アバラン To:カボチャ>ALL
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(西方語)
俺様は今、最高に不機嫌なんだ。失敗したらてめぇの命も喜びの野逝きだぜ。
(共通語)
……さて。死ぬ前に何か言いたいことはあるか?
それとも、もう一度降参して、クソ婆ぁが俺様に殺されて行くのを見学して行くか?
いずれにしても……多少筋書きが変わったとしても……「結末」は変わらないがな。
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■ヒノキ To:アバラン
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そうか、変わんねぇのか。……そりゃ良かった。
悪の親玉をブッ潰して、正義の味方が囚われた人質を救い出す。
物語ってのはな、そう決まってるんだよ。
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■アバラン To:ヒノキ
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なるほど……それじゃ、俺様の「仲間」をそそのかし、懐柔したお前たちは、俺様に殺されるべき悪というわけだな。
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■ノール To:アバラン
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なーに言ってんだよぅっ! アバラン! リナリアに変なあくせさりーつけて操ってたのお前だろっ!
おいらよくわかんないけど、ししょーやミァっちにひどいことするなら、ゆ……許さないからなっ! ぐららんぱんちをお見舞いだっ!
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■リナリア To:アバラン
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……あーくん……ほんとに……あーくんなの……?
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しかし、アバランは応えない。ゆっくりと準備体操でもするかのように、銀のバスタードソードを左右に振りながら、一行を見つめている。
■アール To:アバラン
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ひとつ、「正気」なうちに聞いておきたいが、本当のお前の名前は何だ?
心と身体が別物ってのはリナリアで見せてもらったことだしな。
いまさら隠すこともないだろう。
いいかげん手品の種明かしをしてもらおうか。
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■アバラン To:アール
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……ふっ……本当の名前ね……? それを知ってどうするつもりだい?
種明かしをすれば、その手品は死んでしまうんだぜ?
俺様は俺様だ。アバラン……。リュントが良く知っている。
同い年の背中を追い越すために、張り合って精霊の技を身につけ、いつも失敗を繰り返していた。
まだやんちゃな頃、若くて、怖いもの知らずの頃の話……。
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■リュント To:ALL
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こいつはアバランにそっくりな偽者だな。
俺が知っているアバランなら、「俺に追いつく為に」とか、
「いつも失敗しかしていなかった」なんて俺の前で絶対に言ったりしないからな。
どうせそのうちしゃべれなくなるんだ、吐いちまった方が後腐れないぜ?
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■アバラン To:リュント
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……最後に会ってから何年の月日が経った?
年月は人を変えるってことさ……。
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■リュント To:アバラン
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小憎らしさが可愛げだったのに、馬鹿正直者になっちまったのか………
あいつはそんな事は絶対にないと思っていたんだが……
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アバランはことさら芝居がかった口調で言った後、もう一度空気を切り裂くかのように大剣を横に薙いでみせる。
■アバラン To:ALL
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俺様の予定していた筋書きは無くなったが、予定していた「結末」への希望が無くなった訳じゃない。要は【鎖】へ送り込む魔力の補充……。
その「ハッピー・エンド」への道を繋ぐためにも、お前たちと……クソ婆ぁにはここでまとめて死んでもらうのが、好都合かもしれないな?
まぁ……放っておいても死ぬ運命だが……万が一ということもある。
アストーカシャから奪った「この世界」が、俺様にとっての美しいままで在るためにもな……。
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■ジン To:アバラン
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なんだ。ばあさんへの復讐とかぬかしていたから、どんな悲痛な過去があるのかと思えば・・・ただのこそ泥か。
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■アバラン To:ジン
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美しい世界を、檻の中に閉じ込めたままなんてのは、アレクラストにとっての損失だと思わないか?
少なくとも、アストーカシャは「解放」を望んでいたのさ。
そして、ごく普通の女として恋をすることもね?
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■ジン To:アバラン
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世界の解放も、アストーカシャの思いも否定する気はないさ。
それを成し遂げる過程が問題なんだよ。
ちゃんと説明を聞けば、俺達も命がけで邪魔することなどしなかったかもしれんしな。
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■アバラン To:ジン
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……そうか。残念だな、俺様はこれでも、お前のことは気に入ってるんだぜ?
肌の色さえ黒ければ、仲間にしてやっても良かったくらいだ。
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■ヒノキ To:アバラン
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……お喋りはそこまでだ。
私らは、自分が正しいと信じた事のために、お前を倒す。
それを否定したいのなら、お前も全力で掛かってきな。
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■ミァ To:アバラン
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ふふん。アストーっちから奪ったものは、すっかりきっぱり耳を揃えてここで返してもらいますヨー。
そして「この世界にとって」の美しいカタチ…在るべき姿に戻るんでスー(=△=)ノ
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■アバラン To:ヒノキ&ミァ
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話が早くて助かるぜ。
心配するな。もう手加減などするつもりは無い……。
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■アール To:アバラン
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リナリアといい、アストーカシャといい、女を食い物にするってやり方はいただけないな。
そんなに踊りたきゃ、一人かリュネットと踊っててくれ。
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■アリス To:ALL
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それじゃ、パーティをはじめよう?
ハッピーエンドに向けてねっ☆
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■カボチャ To:ぞんびーず
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(西方語)
やっちまえーであります! 我輩の存在価値アップのためにも!!
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アバランが呼吸を整え、カボチャが威勢良くかけ声を上げる。
異臭を放つ4匹の野獣たちが、ひたり、ひたりと冷たい足音を立てて冒険者たちへにじり寄っていく。
■ヒノキ To:ウルフゾンビ
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おっと。お前らの相手は私だよ。
ちょうどこの館でお前らみたいなのを相手するのに良いモノを拾った事だしな。
まがりなりにもファリスの信徒として、この剣……有効に使ってみせる。
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■ウルフ・ゾンビ To:ヒノキ
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……グゥルルル……。
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外から吹き込んでくる風と雪は、部屋の温度を下げ続けていくが、ピクシーたちからもらった“雪鏡の衣”の光の反射が、彼らを刺すような冷気から守っていた。
■リュント To:アバラン
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前口上は全部言い終わったか?
そんなにペラペラしゃべっている暇があったら、切りかかって来た方が勝機が見えるってもんだぞ?
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■アバラン To:リュント
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お望み通りそうしてやるよ。
だが、その前に……準備体操が必要なんでな。
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魔剣を片手に構え直し、意識を集中し始める──何らかの精霊魔法が行使されようとしている。
その場にいる全員が、その気配を感じ取った。
■リュント To:アバラン
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前口上を言っている暇のうちに切りかかってこなかったからお前には勝機がないんだよ!
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アバランへ向けて走り出す
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