変化の村娘
〜 1 〜
リナリアを捉えたことで、戦闘の空気は収束し、キッチンには再び静寂が訪れた。
ふと緊張から解放されると、キッチン全体が美味しそうな匂いで満たされていたことに気づく。
それもそのはず、よく見ると、調理台の上には豪華に盛りつけられた料理やコトコト火にかけられた鍋でいっぱいなのだった。
バッグの中で丸くなっていたはずの毛玉が、うんしょと顔を出す。
どうやら匂いに惹かれて我慢できなくなっているらしい。
■ヒノキ To:毛玉
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はいはい、もーちょっと我慢な。
後でちゃんと食わせてやるから。
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頭をなでてやって、言い聞かせる。
少しずつゆっくりと、アールが押し倒したリナリア(?)の方へと近付く。
その先には、余った袖を掴まれるカタチで押さえ込まれた「ミァ」の姿が。
■アリス To:ALL
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なんだか、すごーくシュールな光景かも。
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■アール To:リナリア=ミァ
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さて、観念してもらおうか。
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ミァそのもののリナリアが、今まで誰も見たことがないようなしおらしい顔――というか、無表情――で、アールを見つめている。
■ノール To:ALL>石人形
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ど、どうなってるの〜!?
声までミァっちそのまんまだよっ!
あ〜もう、暴れるなって〜!!
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ノールはリナリア=ミァのことが気になりつつも、石人形のグーパンチを避けるので手一杯のようだ。
■ヒノキ To:ALL
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みゃーが、って騒いでるのはソレか。
っては、さっきのリナリアの姿も何かが変身してそう見せてたって可能性もあるよな。
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とりあえず、現実的な意見を言ってみる。
■ジン To:ヒノキ、ALL
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うむ。おそらくはな。
とはいえ、術を使った形跡もない。
変身能力のあるモンスターか、魔法のアイテムの効果か・・・
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■アール To:リナリア=ミァ
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相手が選べるんなら、もっと違う姿になるべきだったね。
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聞いていないとは思いながらも、一応声を掛け、空いた片手を首の下へ…
ノールから見ると…「片手でミァを押さえつけたアールが、更に覆いかぶさりながら首の後ろへ手を廻す」という風に見えるワケだが。
■ノール To:アール
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わぁぁぁぁああぁ〜っ! 兄ちゃんのすけべ!
おいらのミァっちに何す……へぶっ!?
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ミァ?&アールの絡みを目撃してしまったノールは、思わず隙を見せたのか、石人形のグーパンチをもろに食らっていた。
アールは昆虫を思わせる楕円形の首飾り(?)を、リナリア=ミァの首から引き抜いた。
長い針のようなものが何本も食い込んでいたらしく、引き抜くときに皮膚を傷つける感触と、わずかな出血があった。
首飾りが離れると同時に、リナリア=ミァは一瞬にして再び姿を変化させた――先ほどまでの金髪の平凡な村娘に戻り、糸が切れた人形のようにかくんと床に倒れて動かなくなった。
■ジン To:アール、ALL
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ほう。それがノールの言っていたやつか。
今の様子だと、そいつの効果で変身していたと見て間違いなさそうだな。
アール、俺にも見せてくれ。少々心当たりがある。
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アールは、「静かに」のゼスチュアをしながら、ジンの方に手を向ける。
しばらくして、リナリアの目がゆっくりと開かれる。
■リナリア To:アール
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……。
…………。
……う……? だ、誰……。ここ……どこ……?
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先ほどまでの氷のような雰囲気は消え去り、怯えた純朴な表情で、不安げにアールと……あたりを見ている。
■アール To:リナリア
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えっと…さっきまでのコトは覚えてないのかな?
俺はアール、君のことはハンナに聞いたことがある。
現在の状況を含めて、いろいろ教えたり聞いたりしたいんだが…
まず、あの人形をどうにかしてもらえないか?
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リナリアを抱きかかえるようにして状態を起きあがらせると、ストーンサーバントの方を指さす。
■リナリア To:アール
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さっきまでの……こと……?
は、ハンナを知っているの?
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驚いてアールを食い入るように見つめるが、指を指された方に視線を動かし、またも絶句する。
■ノール To:リナリア
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そーだよ、早く止めてってばーっ!
おいら、め、め、目が回る〜〜(くらくら)
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■リナリア To:ノール
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……ノール君!?
(上位古代語)
石の従者たち、その場で待機してください!
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ウィップを解こうと頑張っていた石人形と、ノールとダンスを続けていたもう一体は、ねじを抜かれたかのようにぴたっと動きを止め、その場に静止した。
ノールはへとへとになったのか、その場にぺたんと座り込む。
■ヒノキ To:リナリア
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も少し踊らせてた方が、静かで良かったかもしれねぇな。
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■リナリア To:ヒノキ
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そんな……。
でも……私、いつのまにこんな……。
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とっさに停止命令をしたものの、自分が石人形を出したことは覚えていないようだ。
■アール To:リナリア
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いきなりで驚かせてすまないが…もうひとつ言っておくと、ここにはいないが、アバランの知り合いもパーティにいるんだ。
俺たちは、ついさっき…半日ほど前にこの地に飛ばされてきた。
この館にも入ったばかりで何もわからない。
わかっているのはアバランの様子がおかしいことぐらいだ。
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リナリアの手を取ると、手近な椅子に座らせる。
■リナリア To:アール
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えっ……あーくんのことも知って……?
そ、そうなんです。あーくんの様子がおかしいんです! 今どこに……
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「アバラン」の名が出たことに驚きつつも、まるですがるような表情で言う。
■ヒノキ To:リナリア
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あーくん……て、やっぱアイツの事だよなぁ。
うっわー、似合わねぇ。
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ばっさり。
■アール To:リナリア
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あ、あーくん!?
まさか、アバランのことか?
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■リナリア To:ヒノキ&アール
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はい、そうです。
そう呼ぶなって言われてるんですけど、もう癖になっちゃって。
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■ヒノキ To:アール>リナリア(?)
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おい、待てって。慌てる気持ちは分かるけどよ。
こっちの事情を教える前に、まず確認しとくことがあるだろ。
……こーいう聞き方で正しい答えが返ってくるか分かんねぇけど。
リナリア、だったな。あんた、本物か?
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操られ(?)、変身したという事実がヒノキの中に疑問符を残す。
■ヒノキ To:リナリア(?)
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もし本物だとしたら、なんか証明できるだろ。
そうだな……そのハンナとやらの事、とか。
あんたが知ってる事を言ってみな。
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■リナリア To:ヒノキ
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え……あ……あの……。
私、何かいけないことをしてしまったのでしょうか?
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ヒノキの雰囲気に、青くなって怯えている。
■アール To:ヒノキ>リナリア
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そうそう、さっきの姿ではわからなかったが、今の彼女なら、そのハンナに似た面立ちがみられる。
あと、ノールはともかく、「あー君」ときた。
あいつに君付けするなんて、よっぽど「できたお人」だよ(笑)
おっと、悪く言ってるわけじゃないからね。
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実際のところ、リナリアにハンナのことを語られても、アール自身がそれほどにハンナのことを知らないのだが。
■リナリア To:アール&ヒノキ
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ハンナは、私の妹です。5つ……あっ、今は6つ……年下で……
今はムスカリ村で暮らしているはずです……。
元気な明るい子で、ちょっと思い込みが激しくて……一途すぎるところが心配の種ですけど……大切な、妹です。
あ、あの、こんな感じで大丈夫でしょうか?
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おろおろ。
■ノール To:リナリア
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なーんだ、ちゃんと喋れるんじゃないか!
「はい」とか「りょうかい」とか、相づちしかうてないと思ってたぞっ!
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嬉しそうに両手を頭の後ろに組んで、あっけらかんとリナリアのそばに来るノール。
■アール To:ヒノキ
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誰が判断すればいいかわからないけど、本物でいいと思うよ。
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■ヒノキ To:アール
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そうみたいだな。
見た感じ、嘘をついてる風もないし。
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■ジン To:ALL
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・・・そうだな。この首飾りの効果からすると、その娘が嘘ついてる可能性は極めて低い。
むしろ被害者といっていいだろうな。
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アールに首飾りの返し、作業台の上に腰掛けるジン。
■アリス To:ジン
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その首飾りがとれたら、元に戻ったよね。それって、何なの?
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■ジン To:アール、ALL
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そいつはたぶん、「愛欲の傀儡針」と呼ばれる魔法の品だ。
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ふと、手の中の首飾りを見る。
(これ自体が操っていたのか、操るための装置だったのか…?)
自分の知識だけでは心許ないので、ジンと意見を交える。
形状と、リナリアに及ぼしていたと思われる効果から、アールとジンの知識の中に当てはまるものがあった。
■ジン To:アール>ALL
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うむ。なら間違いなさそうだ。
「愛欲の傀儡針」の効果は2つ。
1つは、これを他者に装着させると、その者の自我を閉じ込め、支配することができる。
もう一つは、支配された者に変身の能力を与えることができるというものだ。
まあ、支配されているわけだから、「変身させられる」といった方が近いかもしれんな。
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■リナリア To:アール&ジン
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支配……変身……?
それは……私の首についていたんですか?
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■アール To:リナリア
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そう。
つけられた後は覚えてなくても、記憶を失う前のことは…どうかな?
寝ている間につけられたのでなければ…だが。
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■リナリア To:アール
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そのアクセサリーは、あーくんと一緒に北を旅していた時に見つけたんです。
他に見つけたアイテムと一緒に、学院で調べてもらおうって言ってたのに……
あの日……帰って来てから急に様子がおかしくなって……
卵も「捨てた」なんて言うから、ケンカになって……
そ、それでいきなり、首の後ろに手を回されて……
それから先は、覚えてないです……。
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記憶を辿るような表情で、一生懸命思い出しながらつぶやく。
■ヒノキ To:リナリア
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卵……てのは、ピンクと黒のまだら模様の入った、カボチャサイズの奴か?
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バッグの中の毛玉にそっと手を伸ばしながら尋ねる。
毛玉は今にも飛び出さんばかりの勢いで、ぐるぐる回っているようだ。
■リナリア To:ヒノキ
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あ……はい、そうです。……な、なんで知ってるんですか?
珍しいものだから、ちゃんと鑑定してもらって……飼える動物だったら飼おうねって、あーくん言ってたのに……いきなり「ゴミ捨て場に捨てた」なんて……おかしいです。
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なんで知ってる? というリナリアの問いに、無言のままバッグから毛玉を引っ張り出して。
■ヒノキ To:リナリア
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コイツが、その卵の中身だ。
そぉーか、あんなトコにこんなモン捨ててったのはお前らだったのか。
お陰で私がどれだけ苦労したか……。
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ぷるぷると拳を震わせる。
毎食のエサやりに始まり、下の世話から寝かしつけるまで。
やっと寝たと思ったら夜中に突然目を覚まして騒ぐのをなだめたり、不意にバッグから抜け出そうとするのを慌てて抑えたり。
そんな色々を思い出して何とも言えない表情を浮かべる。
■リナリア To:ヒノキ
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わぁ、か、かわいい〜。
もしかして、あなたが卵を拾ってくださったんですか?
良かった……もう死んじゃったかと思ってたから……。
ありがとうございます。本当にありがとうございます。
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感動して泣きそうになりながら、何度もヒノキに頭を下げる。
■ヒノキ To:リナリア
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はっはっは(乾笑)
お陰で私はすっかりママ扱いだよこんちくしょう。
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嬉しそうに、ヒノキのタンクトップの中に潜り込もうとする。
■リナリア To:ヒノキ
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本当に懐いているんですね〜。
優しい人に拾ってもらって、嬉しいです。
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にこにこ。
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