魔術師の憂鬱
賢者の学院 セシリアの部屋の前 |
アルトは、『導師セシリア』というプレートのはまった扉をノックした。
■ 若い女性の声 To:おおる |
開いてるよ。 用があるならはいっておいで。 |
■シェル |
すいませ〜ん。おじゃましま〜す。 |
■ アルト |
同じく、失礼するよ。 |
賢者の学院 セシリアの部屋 |
一行を迎えたのは、10代後半に見える女性だった。短く切りそろえたシルバーの髪と切れ長の黒い瞳は、深い知性的を感じさせた。
■シェル |
(別に怖い人じゃないみたい……よかった) |
■ アルト To:セシリア |
(へぇ……ホントに歳は私と変わらないくらいなんだねぇ) っと、初めまして……かな? 私の名前はアルト。 導師が以前に捨てたっていう、“がらくた”について話を聞きたいんだけど、ちょいと時間を頂いても構わないかい? |
■ セシリア To:アルト |
がらくた? なんのことだい? その様子からすると、あたしの依頼を受けに来たわけじゃないみたいだね。 冒険者の店とやらに依頼すれば、必ず仕事を受ける奴がいるのかと思ってたけど、どうやらそうでもないのかねえ……。 で、あたしが捨てたってがらくただって? どんな物のことを言ってるんだい? |
■ フェリオ To:御美しいセシリア導師 |
突然の来訪、御無礼をお許しください。 本日は御美しい導師にお聞きしたい事があり、お尋ねいたしました。 先ほど、仲間が申しました「がらくた」とはこのような形をした箱でして……中にネックレスが入っておりました。 導師のご依頼は残念ながら存じませんが別件で導師の研究物であったと思われる箱について少々トラブルがありまして……こうしてお邪魔させていただきました。 今、ご説明しました箱について何かご存知の事はございませんでしょうか? |
■ セシリア To:正直者 |
ふむ。正直な男は嫌いじゃないよ。お前さん、なかなか見込みがあるね。 で、なんだって? その箱は、もしかして……あたしが探してる箱じゃないのかい? 別件で、とは、これはまた不思議なもんだねえ。ともかく、見つけてくれたんなら多少の礼はするよ。 |
■ フェリオ To:口調がアルトに似てるセシリア導師 |
セシリア導師に見込まれるとは……光栄です。 ……あぁ、そういえばまだ名乗っておりませんでしたね、失礼しました。私はフェリオ、フェリオ・ベオレルフと言います、以後お見知りおきを。
それにしても……別件で導師のお探しの品が見付かるとは……これも運命という物ですね。 |
■ セシリア To:おおる |
箱のことと言っても、これから調べるつもりだったもんだからねえ。 詳しい話を聞かせて貰えるかい? ちょうど、あの箱についてらしい資料が発掘されたところなのさ。もしかしたら、何か分かるかも知れないからね。 |
■ フェリオ To:セシリア導師 |
そうですか……我々が知っているのは……。 |
フェリオは、知る限りの事の顛末を話した。
■ セシリア To:フェリオ |
ん? 妙な魔法生物だって? |
セシリアは、整理された書架へ向かうと、ある文献を出してきた。
古代語で書かれたその書物をめくり、セシリアはある項を示した。
『映身作る者−クリカイル』
そこには、そう記されていた。
■ アルト To:ALL |
クリカイル………聞かない名だねぇ? っと、あれ? でもここに書いてある「誘いの月」ってペンダントの話は聞いたことがあるような……。 確か、暗黒魔法が使えるようになるとか、何とかって代物だっけね? ……ひょっとしてあのペンダントが…………? |
『誘いの月』
かつて、古代王国期に名も無き狂気の神を信奉した一人の魔術師が、己が命を捧げ一つの祭器を作り出した。
その祭器を手にする者は、暗黒神の寵愛と魔術師が残した魔力を受け取ることが出来るという……。
■ セシリア To:フェリオ |
クリカイル……古代王国期の魔術師にして名も無き狂気の神の高司祭でもあった男のようだよ。 幻影の魔術を極め、そのかりそめに魂を吹き込んだ『映身』を作り出す、と言う魔術を生み出したようだね。 お前さん方が戦った子供達って言うのは、これのことだろうよ。 |
■シェル To:導師さん |
……幻影? じゃあ、あの子供達は幻だったってこと? ……あ、すいません。名乗るのが遅れました。 ボクは、シェルっていいます。よろしく。 |
■ フェリオ To:セシリアちゃん |
名も無き狂気の神とは……やっかいですね。 あれが幻だったという事は本物の子供達は何処に行ったのでしょうか? 又、どうすれば助け出せるのでしょうか? |
■ セシリア To:シェル |
いや、幻と言っても、イリュージョンの様な物ではなく実際にそこに『存在』する映身を作りだすのさ。 何と言えばいいのか……魔法生物を作り出し、それに幻を重ねると言った方が近いかもしれないね。 ただし、さっき魂を吹き込むと言っただろう? それは、比喩でも何でもなく、その映身のモデルとなった人間の魂を肉体ごと、ほら、この祭器の中に封じて、その一部を映身と繋いで操るのさ。 だから、映身を傷つけるって事は、その魂を削るってことになるんだよ。 |
セシリアが示した絵には、見覚えのあるペンダントが。
■ シェル |
え、じゃあ、ペンダントを壊したら、中に封印されてた人はどうなるの? |
■ セシリア To:シェル |
そうだねえ……運がよければ閉じこめられた体ごと出てこられるんじゃないかい? 運が悪ければ……。 |
■ アルト To:セシリア |
ペンダントと一緒に心中、ってわけかい。……随分と厄介な相手だねぇ。 ……ん? となると、アニエスの場合は一体どうなってんだい? まるで、二つの人格が同時に共存してるみたいな感じだったけどね? |
■ セシリア To:アルト |
その子は、映身じゃないんだろ? これは推測でしかないけど、呪われたアイテムの一種に、思念体となったモノが身に付けた者にとりつく、っていうパターンのアイテムがあるのさ。 その一種、と見るべきだろうね。 その状態から脱出できた例って言うのは少なくてねえ。 大概は、今意識を乗っ取られている人間が死んで、次にそのアイテムに触れた人間が新たな犠牲者になる、っていうことになるのさ。 |
■シェル To:セシリア |
思念体? ……つまり幽霊が、ペンダントにとりついてるってこと? じゃあ、アニエスちゃんは死なないかぎり元に戻れないの!? |
■ セシリア To:シェル |
幽霊……まあ、そんなところだね。 そう、そこなのさ……。 |
■ フェリオ To:セシリアちゃん |
……では、対処法はない…………という事ですか? 何かありませんか? 例えばもしネックレスを無理矢理取ったらどうなります? それからあの箱は……やはり封印の箱なのですか? |
■ セシリア To:シェル、アルト |
普通に考えれば、その子は助かるかも知れないが、ペンダントを取った者が次の犠牲者になる、ってところだろうね。 ……って、なんだって? あの箱が封印だって? ……アルト、あんたも手伝いな! ほら、この本! |
セシリアは、一冊の本をアルトに渡すと、自分も別の本をめくりだした。
■ アルト To:セシリア |
っととと、いきなりなんだい。 調べるって、あの箱についてかい? |
■ セシリア To:アルト |
ああ、そういうことだよ。 |
顔も上げずに項を繰りながら、セシリアは続けた。
■ セシリア To:アルト |
封印の箱かい、なるほどね、その可能性もあるか……。 この本のどこかに、何か書いてあるかも知れないよ。 こいつらは、あの箱が見つかった遺跡で新たに見つかった物なんだよ。 だから、あたしもあの箱を調べてみようと思ったのさ。 |
■ フェリオ To:セシリアちゃん |
ですが……封印だったとして導師にも解けなかった程のものが何故解けたんでしょうか? それに再び封印する事は出来るのでしょうか? |
■ セシリア To:フェリオ |
あたしにも解けなかった封印だって? あたしは、まだあの箱をまともに見たことなんか無いよ? 見知ってれば、すぐに魔法で探し出せるんだから、わざわざ冒険者に探させるわけないだろう? あれはね、以前にあたしの弟子が遺跡から見つけてきた物なのさ。 |
確かに、形を良く見知っている物なら、導師クラスの魔術師にならば、呪文で簡単にその位置は分かるはずである。
■ アルト To:セシリア |
てことは、その弟子があの箱の真の持ち主ってわけかい。 運がいいのやら、悪いのやら……随分と物騒な代物を見つけて来たもんだねぇ。 ……でも、あれはここの処分品の中から出てきたって聞いたよ? |
■ セシリア To:アルト |
あの箱は、あたしの弟子だった子が、25年ほど前に見つけてきた物なのさ。 どうしても開けられないって悔しがってたっけ。 それであたしの所に持ってきたんだけど、忙しさにかまけてしまいっぱなしでね。 つい一週間ほど前かな? その遺跡に潜った別の冒険者が、そこで新しい部屋を見つけてね。そこからこの本が出てきたというわけさ。 そこで、箱のことを思い出して調べてみようと思ったら、箱が無いじゃないか。 処分品の中にあったとすると、この前掃除したときに、うっかり捨てちまったのかねえ……。 ……それにしても、良く見つけられたもんだよ。 |
■ アルト To:セシリア |
…………頼むから、んなもんうっかり捨てないでおくれよ……(--;)
まぁ、しかしそう言うことなら、この本の中に手がかりがあるってのもあながち的外れじゃなさそうだねぇ。 |
魔術師らしからぬ科白を口にするアルトだったが、本の重さと厚さに、やや閉口しつつもページを捲り始めた。
が、ふと顔を上げて、
■ アルト To:フェリオ&シェル |
フェリオ達、今日は朝から散々で疲れてるだろう? こういう作業はいつ終わるか分かんないもんだしさ、ちょいと休んでたらどうだい? |
■ フェリオ To:アルト&セシリアちゃん |
女性二人に作業を押し付けて俺達がノウノウと休む訳にもいかないだろ。 かと言って申し訳ないが俺には学が無いから調べモノを手伝えるとは思えないな。
……とりあえずアルト、朝から何も食べてないんだ……腹減ってるだろ? ……親愛なる我が神チャ・ザよ……人々に幸運をもたらす神よ……その大いなる御心をもって我が友の傷を癒したまえ…… |
フェリオの癒しの呪文で、アルトの傷は完全に癒えた。
■ アルト To:フェリオ |
お、ありがとフェリオ、優しいねぇ(^^) んじゃこのリンゴはありがたく頂いとくよ。実は、さっきからえらく空腹でね。 …………にしても、この調子だとシェルもフェリオと同意見かい? |
■シェル To:アルト |
そういうこと。魔法使って疲れてるのは、アルトさんだって同じだもん。 ……ボクが知ってるのは共通語とエルフ語だけど……手伝える? |
■ アルト To:シェル&フェリオ |
やれやれ……まったく、どいつもこいつもお人好しばかりだねぇ……(^^) 残念だけど、こいつは古代語ってやたら小難しい言語で書かれてあってね。嬉しいけど、その気持ちだけもらっとくよ。 まぁ、そう焦らなくても、シェルの力は後からたっぷり借りることになるからさ。 まずは、フェリオと一緒に腹ごしらえしておいでよ。 |
■ フェリオ To:働き者のアルト |
役に立てず、申し訳ない……がこのまま突っ立ってても邪魔なだけだな。 とりあえず簡単に食事をしてすぐに戻ってくるとしようか……。 |
■シェル To:アルト |
古代語かあ……それはわかんないや。 じゃあ、フェリオ、軽く何か食べに行こう。 そうだ、持ち帰れそうだったら、アルトさんの分も買ってくるね。 ……パオルさんみたいにいっぱい食べるってことはないよね?(^^;;) |
■ アルト To:シェル |
パオルと比べられちゃあ、どんな大食漢でも「自分は小食です」って言うだろうねぇ。 それよりも、シェル。フェリオが一緒だし……学院の中で迷わないようにするんだよ? |
■シェル To:アルト |
そりゃそうだね(^^;;) ……う〜ん、無事に帰れることを祈っててよ(^^) |
■ フェリオ To:小食のアルト&セシリアちゃん |
全く……二人して失礼な事を言うな……まるで俺が狂った羅針盤みたいじゃないか……(--;;
ま、とにかく少し出てくるよ……探し物、頑張ってな。 |