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「トーレス商店」 |
一行は、すでに一度現場を見ているアフルが案内するかたちで、店の奥に足を踏み入れていく。ミシャルカを連れたノエルは、最後方にいる。
カウンターの奥にある扉を抜けると、そこは短めの廊下になっている。一般の客は普通、目にすることのない場所である。突き当たって右には二階へ上がる階段があるのだが、 そこまで行く途中の右手に、半開きになった扉がある。アフルはその前に立つと、厳しい面持ちでゆっくりと扉を押し開いた。
■ アフル To:ALL |
シュゾさんは、ここだよ… |
言って、彼は部屋の中へ入る。
各種の伝票や帳簿、あるいは近々陳列棚へ補充しようとしていたのであろう種々の商品などによって雑然とした、さほど広くもない部屋の中央に、 シュゾの遺体が仰向けに横たわっている。短く刈りそろえられた金髪は、自らが流した血によって赤茶色に染めあげられ、えぐられたように深い腹の傷口からは、 暗褐色の臓物がずるりとはみ出ている。おそらく、魔神ダブラブルグの鋭い鉤爪の一撃を受け、瞬時に落命したのであろう。
■ リーシェ |
ひどい……。 |
リーシェはつぶやき、思わず目を背ける。
ウィードバルはミシャルカの前にしゃがみこみ、目線の高さを合わせて話しかける。少女の位置からは、まだ部屋の内部の様子は見えていない。
■ ウィード To:ミシャルカ |
ミシャルカ、聞いてくれるかな… 今から目にする事実は、きっと逃げだしたくなるものだと思う。 自分の心を捨ててしまいたくなるかもしれない。 でも、忘れてはいけないよ。 …ミシャルカ、君は決して一人なんかじゃないって事を。 自分を愛してくれた人…悲しい時に支えてくれた人… 遠くから見守ってくれた人…君を助けたいと望む人… みんなが君の帰りを待っているんだよ…。 いいかい、 「自分が自分でありたい」と強く願うんだ。 そうすれば、きっと世界に一人しかいない自分を取り戻せる。 待っているからね… |
■ ミシャルカ |
……? |
青年は、小首を傾げて自分を見つめ返すミシャルカの頭をなでてから、そっと抱きしめた。
ノエルは、そんなウィードバルの様子をしばし見つめた。二人の間に、深い共感が形成される……。
■ ノエル To:ミシャルカ |
じゃ、いこっか。 |
少女は、それぞれの手をウィードバルとノエルに預け、凄惨な光景の広がる部屋の中へ入った。
ア・トールは黙って三人について行き、ソフィティアとシルディアは彼らの後ろ姿を静かに見守っている。
ノエルは、シュゾの無惨なさまを見て一瞬目を背けたくなるが、ミシャルカの手前、それを必死に我慢した。遺体に残る傷の具合から彼がほぼ即死であっただろうことを看て取った彼女は、 長く苦しむことのなかったのがせめてもの救いかしら、と考えた。
ミシャルカは、その翡翠色の瞳を大きく見開くと、まるでまばたきを忘れてしまったかのように、シュゾの遺体を凝視した。顔面からは血の気が引き、 唇の色すら失われかけている。全身をがくがくと震わせ、ウィードバルとノエルの手は、少女のものとは思えぬほどの強烈な力で握り返される。
気の遠くなるほどに長い――実際にはほんのわずかな――時間が過ぎ、ミシャルカの両手から、ふっと力が失われた。
気絶こそしていないものの、ようやく立っているという状態の少女に、ノエルはおそるおそる尋ねた。
■ ノエル To:ミシャルカ |
この人、誰かわかる? |
ミシャルカには、ゆっくりと首を横に振るのが精一杯だ。
それを見て、ノエルはがっくりとうなだれ、落ち込みを隠しきれない。
■ リーシェ To:ALL |
もう……、もうやめましょう、こんなことは……。 わたしには、これ以上、この子をつらい目に遭わせるのは耐えられません。 |
涙が一筋、白い頬を伝う。
■ リーシェ To:ALL |
ミシャルカの精神は、ほとんど限界でしょう。さらに無理を強いれば、ついには魂そのものが壊れてしまうかも知れません。そうなったら、 取り返しのつかないことに……。 |
皆の中でただ一人、この部屋のほかにもう一か所ある殺害現場の様子を知っているアフルが尋ねる。
■ アフル To:ALL |
……これでも、奥さん達の死体を見せる? 言っておくけど、奥さん達の死体はもっとむごいんだよ。 シュゾさんの死体でこれだけショックを受けてるんだから、奥さん達の死体を見たらどれだけのショックを受けるか… 奥さん達の死体は二階にあるけど、やっぱり見せない方が良いと思う。 |
■ ウィード To:アフル |
アフル…本気でそう思ってるのか? ノエルが…ノエルが、どんな気持ちで決断を下したと思っているんだ! |
■ アフル To:ウィード |
ウィードはあの死体を見てないからそんな事が言えるんだよ。 一面血の海で、バラバラの…夢にも出てきそうなぐらいひどいんだよ… …俺は正直、シュゾさんの死体を見て記憶を取り戻してくれれば、って思ってたんだ。 こっちの死体なら、それほどショックを受けないだろうと思ってたし… でも、この死体を見ただけで、これだけショックを受けてるんだ… 無くした記憶も、こんな事をしなくても取り戻す方法があるはずだよ。 俺は…魂が壊れたミシャルカなんて見たくない。 それくらいなら、感情がほとんど無くても、今のミシャルカの方がましだよ。 |
高ぶってしまった気持ちを落ち着けるように、ウィードバルは一呼吸おいた。
■ ウィード To:アフル |
確かに、この娘の魂に危険が及ぶ可能性はある。 今よりも辛い結末が待っているのかもしれない。 だけど…それを予想した上で、全員が考えたんじゃないか。 「ミシャルカの記憶を取り戻してあげたい」ってさ! ノエルは…5人分の思いを受け止めてくれた。そして、逃げ出したくなるような辛い決断を下したんだ。 誰にだってできることじゃない。 考えが簡単に変わるようなら、最初からこんな辛い決断はできないはずだ。 俺には…その気持ちをそんな簡単に裏切れないよ…。 |
ノエルは、少し考えてから言った。
■ ノエル To:アフル&ウィード&リーシェ |
ねぇ・・・魂が壊れるってどういう状況のことを言うのかしら? 私・・・この村に着くまでの間ずっとミシャルカちゃんとおしゃべりしていた。 でも、返ってくるのはいつも生返事ばかり。心のこもらない、形だけの返事・・・ そう。まるで魂のない抜け殻を相手にしているようなものだったわ。 リーシェさんの心配もわかる。けど、この子の魂は一度壊れてしまったようなものなの。 だから、記憶を失ったときと同じかそれ以上の衝撃を受けなければ記憶が回復しないと言うなら、魂が壊れるほどの衝撃を与えなければ・・・つまり、 もう一度その現場を見せなければならないのでしょう。 大丈夫・・・本当に魂が壊れるようなことにはさせない。 そのために私たちがここにいて、支えになってあげようと決めたのでしょう? |
■ リーシェ To:ノエル |
わたしも精一杯、この子の支えになるつもりではおります。 ですが、ミシャルカの今の様子を見る限り、この子の記憶を回復させることは、神ならぬわれわれの力の及ぶところをはるかに超えてしまっているのではと思えてならないのです。 ……マーファ神のご慈愛は、ミシャルカの記憶をお奪いになったそのことにあるのかも知れません。そうだとすれば、そのご意志に背いたとき、 この子の身にどのようなことが起こってしまうか……。魂を失い、生ける屍のごときになってしまうのではと心配なのです。 |
■ ノエル To:リーシェ |
私には、ミシャルカちゃんの記憶を奪うのが神の意志だとは思えません。 思い出して下さい。この子は記憶だけではなくて感情まで失っていたのです。 感情を失わせ、抜け殻のように残りの人生を過ごさせることが神の意志だとはとても・・・ 神の意志が働いているとしたら、ふらふらと歩いていたミシャルカちゃんを、他の誰でもない、リーシェさんに引き合わせたことにこそあるのではないのですか? そして、あなたがミシャルカちゃんをこの村に再び連れてきたこと。ミシャルカちゃんの感情を取り戻させること。ミシャルカちゃんが人を愛せるようにさせること。 それこそが神の意志なのではないのですか? |
大地母神の女性神官は、眉根をわずかに寄せ、うつむいた。
そのとき、それまで沈黙を守り続けていたア・トールが、その場にいる全員に向けてゆっくりと話し始めた。
■ アトール To:all |
ちょっと待てよ。 みんな、何か忘れているんじゃないか? 大切な何かを。 俺がさっき言った意見を覚えているだろうか。 俺は「何がなんでもミシャルカの記憶を取り戻すべきだ」とは言ってない。 「真実を伝えるべきだ」と言ったんだ。 何も伝えず、いきなり悲惨な現場を見せることが果たして良いのかどうかは、俺には解らない。 ただ、ミシャルカに話を聞かずに彼女の運命を、俺らだけで決めちゃって良いのだろうか? 彼女の人格を、ミシャルカの人格を、無視したことにならないだろうか? この記憶喪失の状態でどれだけ伝わるかは解らないけど、まずは事実を話すことから始めてもいいんじゃないか? それで、もし状況を少しでも理解できれば、ミシャルカ自身にどうしたいかを、聞くことも出来るんじゃないか? |
■ ノエル To:アトール |
それって・・・卑怯なことじゃないのかしら? 大人の私たちでさえ迷ってしまうようなことを、この子の一言で決めさせるなんて。 |
■ アトール To:all |
俺は、俺達が決められないから、ミシャルカに決めさせるなんて言ってるわけじゃない。 判断できるかどうかはおいておいても、ミシャルカに何も告げずに俺達だけで決めちゃう事の方が、悪いことのように思うんだ。 記憶喪失といっても、さっきの受け答えからも、最初に会ったときに比べて、格段に人間的な反応を示すようになったのは間違いないだろう。 駄目もとでもまずは、彼女が理解できるような表現で、そして、状況を理解できるまで何度でも、事実をありのままに伝えるべきじゃないだろうか? 事実というのは、これまで起こった事はもちろん、これからやろうとしていることも含めてだけどな。 ・・・もちろん、この伝えると言うことさえも、辛い作業には違いないけどな。 |
■ ノエル To:アトール |
そうね。たぶん、初めて会ったときよりは正しい判断も下せるようにはなっていると思う。けど、だからといって彼女にすべてを決めさせていいとは思えない。 なんだか、私たち自身の責任を放棄したようで後味が悪くなりそうな気がする。ミシャルカちゃんに決めさせることで、自分たちがこの問題から逃げてしまうようで。 |
淡い色の金髪が、ゆっくりと左右に揺れる。
■ ノエル To:アトール |
言葉でミシャルカちゃんに事実を教えてあげることはできる。けど、彼女がそれを本当に自分自身に起こったこととして考え、すべてを考えて判断できるかどうか私にはわからない。 仮に教えてあげた上でどちらがいいのか聞いてみたとしても、彼女には過去を天秤に掛けることしかできないと思う。「自分自身の思い出」と「誰も見たくないような悲惨な死体」とね。 そして、今の彼女にとっての「思い出」って、さほど取り戻したいものではないと思う・・・。例えば、仲の良さそうな親子を見たときに、 「私のお父さんってどんな人だったんだろう?」って記憶が欲しくなるわけで、今はその必要に迫られてはいない。逆に、ここでシュゾさんの死体を見て恐怖を感じることで、 それ以上の恐怖から逃げ出したい気持ちが優先してしまっていると思う。 だとしたら、出てくる答えは「今のままでいい」ってことになるんじゃないかしら? けど、私たちが天秤に掛けるべきものは「記憶を取り戻すことによって変わる将来」と「記憶を取り戻さないことによって得られる将来」。 過去ではなくて未来。決して、「思い出を取り戻す」というだけではない、それ以上のものを掛けているの。 そして、私たちは記憶を取り戻したほうがいいと考えている・・・。 たとえ今ミシャルカちゃんがそれを望まないとしても、やっぱり自分を取り戻させてあげなくちゃ。いつかわかってくれることを信じるしかないでしょう・・・ |
■ アトール To:ノエル |
そんな事は、悲しいけど俺だってわかっているさ。 俺が言いたいのは、まず事実を言葉で伝えるという行為をミシャルカに対してしないことに問題が無いかということ。 話す前から無駄だから話さない、と言ってる様に聞こえるんだ。 断っておくけど、俺は記憶は取り戻した方が良いと思っているからな。 ・・・いきなり何の説明も無しで家族が殺された現場に連れて行くより、事実を全て伝えた上で連れていった方が良いんじゃないか? そこで、もしミシャルカが頑なに現場を見ることを嫌がったら、何故今それを見て、何故今記憶を取り戻すことが大事なのかを説得するのが俺達の仕事じゃないのか? 俺には「説明することでミシャルカが記憶を取り戻すことを嫌がるかもしれない。そうなると面倒だから何も説明せずにいきなり現場を見せよう」って、 行為をしているような気がするんだ。 もちろん、ノエルがそんなことを考えてるって思ってるわけじゃないけど、・・・・うまく説明できないけど、うーん・・・ ミシャルカに事実を伝える事ってそんなに悪いことなんだろうか? |
■ ノエル To:アトール |
事実を伝えるのはかまわないの。 ただ、そこでミシャルカちゃんの意志・・・「見たくない」という言葉を聞かされてまで、無惨な死体を見せられるかどうか・・・不安だったの。 そこで説得してわからせてあげられるのかどうかも。 なんだか決意が揺らいでしまいそうでね。 それに、最初に予告なしで惨殺現場を見ているわけでしょう? 今回なにをするのか予告してから現場を見せたら、同じぐらいの衝撃にはならなくなってしまうんじゃないかって、 気もするのよね。 |
ノエルは、皆の顔を見渡した。
■ ノエル To:ALL |
実際どうなのかしら? みんなの意見が聞きたい。もう一度・・・記憶を回復させるべきか否か。事実を先に伝えるべきか否か。 この土壇場に来てこんなこと言うのもなんだけど、ここで結論を急いで一生後悔するようなことにはしたくないの。 |
■ ウィード To:ALL |
う〜ん…(ーー;) 最終的に、事実を伝える事は必要だと思うけど、その時期は今でないと思うな。 理由は3つある。 1つ目は、ノエルが言うように、あらかじめ事実を伝える事によって、 ミシャルカの受ける衝撃に歯止めをかけるかもしれない、って事だ。 この娘にとっては辛いだろうが、記憶を取り戻す唯一の可能性をこれ以上少なくしたくない。 2つ目は、時間の問題だ。 ミシャルカの反応が大分ましになったとはいえ、まともな理解・判断ができるとは言い難い。 事実をしっかりと伝えてあげるには、じっくりと時間をかけた方がいい。 その間、家族の死体をこのままにしておく訳にはいかないだろう。 3つ目は、俺の推測なんだが… 普通の人間が何かの物事を忘れてしまった場合、時が経てば経つほど思い出しづらくなっていくはずだ。 今回の件と相違点はあるとは思うが、結局「思い出す」という作業には変わりがないだろう。 だから、今回の件もできるだけ急いだ方がいい、そんな気がするんだ。 それに、ミシャルカは父親が家族を惨殺するところ見ても魂が壊れなかったんだ…。 俺達はこの娘の魂の強さを信じてもいいんじゃないか、って思う。 |
■ アフル To:ALL |
…魂の強さ…か。 わかった、俺も、ミシャルカちゃんの魂の強さを信じる事にするよ。 そうすると…、やっぱり、記憶を取り戻す確率はできるだけ大きくしたいな。 前もって知らせずに、あの死体を見せるのはかわいそうだけど、俺は、先に見せて、記憶を取り戻してから、事実を伝える方が良いと思う。 |
■ シルディア To:ALL |
私もミシャルカちゃんに話すのは後の方が良いと思いますわ。きっと、ノエルの言うように、今伝えても彼女は理解してくれないでしょうから。 多分、自分の身に起こった出来事としてちゃんと認識出来ない限り何を話してみても彼女の中を他人事として素通りしていくだけで、結局「ミシャルカちゃん自身がどうしたいのか」という判断の材料にはならないように思います。 ・・・でも‥もしかしたら、ミシャルカちゃんが他の家族の姿を見て何とか記憶を取り戻してくれたとして、その後で彼女が「目で見た事実」を訂正することの方が難しいかも知れませんわね…。 本当に、今は彼女の心が全てを受け入れられる強さを持っているように願うしかありませんわ… |
■ アトール To:ALL |
俺は、ミシャルカに真実を理解して貰うのが、最も重要なことで、
そのためには、まず記憶を取り戻すことが必要だと思ってる。 ミシャルカを一人の人間として対等に扱うなら、事実を先に述べるべきだろう。 ただ、記憶を取り戻す方法については、俺は全くの素人で、知識がまるでない。 先に事実を伝える事で、ミシャルカの記憶が戻らなくなる可能性が、それほど 高くなるのだったら、先に現場を見せた方が良いようだな。 ここは、みんなの意見に従うとするよ。 ただし言っておくけど、これは一人の人間の人生を左右する決断だ。 考えたくないけど・・・もしミシャルカに何かあった場合は、冒険者の仕事を なげうってでもミシャルカを一生支えていく、それぐらいの決心は必要な決断 だと言うことを忘れないで欲しい。 いいな、みんな。 |
皆が静かにうなずくのを確かめると、ア・トールはノエルの瞳を見つめた。
■ アトール To:ノエル |
ノエル、じゃあ行こう。 |
同じく、ア・トールの黒い瞳を見つめ返したノエルは、ふと、何かに気付いたようにいった。
■ ノエル To:ALL&アフル |
ちょっと待って。 自分たちがミシャルカちゃんにどれほどひどいことしようとしているのか、見ておきたいの。 アフル、奥さんたちの死体って2階のどのあたりかしら? 先に行って見てくるわ |
ノエルは、力なく微笑みながら言った。もはや、微笑み以外に選択すべき表情は残されていないともいえようか。
■ アフル To:ノエル |
わかった、案内するよ… どうせ、ここにいてもする事も無いし… |
彼はつくづく、ミシャルカの理解できる東方語を自分が操れないということを、悔しく感じているようだ。
アフルに案内され、ノエル、そしてシルディアとリーシェも、二階へと先に上がった。
廊下の窓からは、猛烈な勢いで流れるハザード河の濁流と、地上へと厚く広く覆いかぶさっている鉛色の雲とが見えた。突然、雲の下端が青白く発光し、 四人の顔をほんの一瞬、明るく照らし出す。少し遅れて届いた雷鳴は、腹の底に重く響いてくる。
彼らは、寝室らしき部屋の扉の前に立った。
■ アフル To:ノエル&シルディア&リーシェ |
ここの部屋だよ。 |
握りを回し、部屋の中へと入る。
寝台が4つ置かれたその部屋は、一面乾いた血の海で、寝台や床の上には、3人分の遺体がごろりと転がっている。いずれも女性のもので、 そのうち2体はおそらく10代半ばくらいの娘、残る1体は年格好からその母親であろう。娘の遺体をよく見ると、最初に冒険者たちがミシャルカと出会ったときに、 少女が着ていたのとよく似た服を着ている。寝間着とおぼしきその服の裾には、なにやら文字の縫い込みがしてあるようだが、固まった血がべっとりとこびりついており、 この場ですぐに判読するのは難しい。
3体の遺体はいずれも損傷がひどく、ほとんど正視に耐えない。頭部や手足が無惨にもぎ取られたり、胴体が奇妙な角度にねじられたりといった具合である。 したがって、「3人の女性の遺体が横たわっている」というよりは、「かつては人間の身体を構成していたはずの大小さまざまな肉塊が、あちこちに無秩序に散乱している」と述べたほうが、 この状況をより正確に表すものであろう。また、部屋の中には、さほど強烈ではないものの、腐敗臭が立ちこめており、凄惨な光景と相まって、 一行の胸を悪くする。
リーシェは口許を押さえ、喉の奥からこみ上げてくるものを必死に落とし込もうとしている。
すでに一度見ているアフルは、少しだけ冷静で、自らの信じるヴェーナー神に彼らの冥福を祈った。
そしてノエルは無言のまま、ミシャルカを連れに、一階へと下りていく。
やがて三人の許に、ミシャルカを連れたノエルが戻ってきた。もとより、ア・トールにウィードバル、ソフィティアも一緒だ。
扉の斜前で、ノエルがミシャルカの手を取り、二人の肩をア・トールがしっかりと抱いた。
そして、踏み込む。
■ ミシャルカ |
…………くふふっ……ふ…ふふ………ふひひ……ひ………ひひ……。 |
惨状を目の当たりにした少女の表情が、だらしなく弛緩する。
■ ウィード |
くっ…ダメなのか… |
うつむき、拳を握り締める魔術師の横で、アフルはやりきれない顔で黙りこくった。
刹那、轟きわたる雷鳴。それはあたかも、少女の小さな魂の崩壊を告げる悪魔の哄笑であるかのようだった……。
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