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「紅の河」亭 |
陰鬱な作業が終わり、ウィードバルは一同を見渡した。
■ ウィード To:ALL |
みんな、ミシャルカをどうするかについて話しておこう。 まずは、俺達が記憶を取り戻す手助けをするべきかどうか、だ。 |
■ アトール To:ALL |
ちょっと待ってくれ。 その前に一つ聞いておきたいことがある。 正直言って、今回の出来事の真相は俺にはまだ解っていない。 何が起こったのか? 何で起こったのか? この後どうすることも出来ないのか? 出来ればミシャルカについては、その辺りをはっきりさせてから意見を考えたいのだが・・・ |
いったん言葉を切り、一同を見る。
■ アトール To:ALL |
で、聞きたいことと言うのは、このデーモンについてなんだけど。 俺は魔法とかそういう類の事はよく解らないから聞くけど、こいつとは話をすることが可能なのか? もし出来るのなら、とりあえずこいつに真相をはかせるのが先決じゃないか? ・・・まあ、素直に吐いてくれるかどうか怪しいけども・・・ |
■ ウィード To:ALL |
おそらく、魔神の精神構造は人間のものとは明らかに違うだろう。 会話は試みてみるが、まともな会話ができるとは思えないよ。 |
■ アトール To:ウィード |
そうか、やっぱり・・・ シュゾからしてみれば、不幸な事故に巻き込まれてしまったみたいなものになるのか・・・。可哀想に・・・・。 |
■ ウィード To:ALL |
それに… |
ウィードバルは、縄で縛られているダブラブルグを指差した。
■ ウィード To:ALL |
奴が目覚めるのはまだ先だろう。 今は、ミシャルカの事を話し合う方が有意義じゃないか? |
どうやら皆、ウィードバルの主張を受け容れることにしたようだ。
ウィードバルは、「賢者の学院」で手に入れた知識を開陳する。
■ ウィード To:ALL |
賢者の学院の書物にこのような記述があった。 「肉体的・精神的に非常に強い衝撃を受けたとき、一時的ないし永久的に記憶を失うことがある」ってな。 ミシャルカは、父親に化けた魔神が家族を殺す所を見たんだろう。かわいそうな娘だ… ミシャルカは深い悲しみを記憶喪失という名のもとに封印したんだ。 |
■ ノエル To:ALL |
それに、この子は悲しい記憶だけじゃなくて、両親や兄弟との楽しい記憶まで封印してしまっている。 そして、悲しい記憶を呼び覚ますまいと感情まで捨て去ってしまった かわいそうなことよね・・・ |
一呼吸おいて、ノエルは尋ねた。
■ ノエル To:ウィード |
それで、記憶喪失を直す手段ってないの? |
彼女の問いかけに、若い魔術師は苦い顔で沈黙した。
■ ウィード To:ノエル |
……………………………………… |
ノエルは、まるで石のように押し黙るウィードバルの顔を不思議そうに見つめている。最初は期待を込めて、次第に不安になりながら。
耳が痛くなるような、あまりに長い沈黙ののち、ついにウィードバルは意を決して口を開いた。
■ ウィード To:ノエル |
言いたくなかったんだがな… |
勢いをつけるように、一つ大きく息を吸って静かに吐き出す。
■ ウィード To:ノエル |
ノエル……記憶に関するこんな記述もあったんだ。 「類似の衝撃を再び受けることで、記憶を取り戻す場合もある」 |
■ ノエル To:ウィード |
類似の・・・って、それじゃぁ・・・ |
ウィードバルの次の言葉は、ノエルの理解したところと一致するものだった。
■ ウィード To:ノエル |
…ミシャルカに家族の惨殺死体を見せるって事だ… |
■ ノエル To:ウィード |
・・・そして、それ以外に方法がないのね・・・ |
■ ウィード To:ALL |
その記憶を取り戻すという事は、封印した傷をえぐる事だ。 俺は、同じ悲しみを2度も体験させる事には反対だ。 みんなの意見を聞きたい。言ってくれ。 |
■ アフル To:ALL |
……無理に記憶を取り戻させる事は無いんじゃないかな。 さっき、店でシュゾさん達の死体を見てきたけど、信じられないほどむごい死体だったんだ。 |
アフルは、ちらりとミシャルカのほうを見た。冒険者たちと魔神との大立ち回りですっかり荒れてしまった店内を片づけ始めた主人の手を離れ、 少女はロゼルナとともに、リーシェの傍らにいる。
■ アフル To:ALL |
……奥さんとかは首をねじ切られたりしてたし…… その、殺される所を見たんだろ。 ものすごいショックだったと思うんだ。 それほどの記憶を取り戻すためにその死体をまた見せる事がミシャルカちゃんにとって幸せだとは俺には思えないよ。 |
■ ソフィティア To:ALL |
……、私も似たような経験があるから、ミシャルカちゃんにとっては思い出すのも辛いかもしれないわね…………。けれども……、楽しかった思い出まで封印してしまうのがミシャルカちゃんにとって良い事かどうか……。 少なくとも、わたしは思い出させてあげたいわ。 |
自らの幼いころの過酷な思い出が胸中にわき上がってきたのか、もの悲しげだ。
シルディアは、そんなソフィティアの意見に賛同する。
■ シルディア To:ALL |
…私はミシャルカちゃんになんとか記憶を取り戻させてあげたいと思いますわ。 ソフィーの言うように「楽しい記憶も封印してしまっている」という事実は悲しいことですし、それに‥彼女に、『父親が家族を惨殺した』という間違った記憶を抱いたままで居て欲しくは無いんです。 亡くなったシュゾさんもうかばれませんし… …私だって、ミシャルカちゃんにもう一度辛い体験をさせるのは出来ることなら避けたいですが、だからと言って彼女をこのままにしておいて、 今後何かの拍子に記憶を取り戻さないとも限りませんでしょう? その時に「父親が家族を殺したんじゃないよ」と説明してあげても遅いと思うんです。 …今ここで辛くても思い出しておけば、「家族が殺された」という記憶は残りますが「父親が殺した」という間違った記憶は修正出来ますわ。 それが、せめてもの彼女の心の救いにはならないでしょうか… |
■ ノエル To:シルディア |
確かに・・・時間がたってから事実を説明してあげることはできるけど、一度記憶が戻ってしまえば「父親が家族を殺した」という自分自身の間違った記憶が優先されてしまいそうね。 そうなったら、逆に「父親が家族を殺した」ことを教えないためにいもしない「魔神」をでっちあげたのだと誤解されることにもなりかねない。 今なら、記憶を取り戻させてからあれ(ダブちゃん)を見せることで、真相を理解させてあげることもできるけど。 |
■ アトール To:all |
俺も記憶を戻す方が良いと思うな。 厳密に言うと、たとえ記憶が戻らなくても、事実を伝えた方が良いと思う。 ミシャルカは子供とはいえ、この歳なら自分で考えて行動できる一人の人間だと俺は思う。 最初は、哀しみに押しつぶされてしまうかもしれないけど、事実を伝えた上で、周りで支えてやるのが本当の優しさじゃないかな? 正直、どうしたら一番良いのかってのは解らないけど、俺がもしミシャルカの立場だったら・・・・きっと、真実を教えてくれた方が喜ぶだろうな。 |
■ ノエル To:アトール(ほとんど独り言) |
その支えてあげられる人も見つけてあげなくちゃね・・・ |
■ アフル To:ALL |
でも、あの死体を見せなきゃいけないんだよね… |
考えをまとめるためにか、それとも遺体の状態を思い出したのか、いったん言葉を切る。
■ アフル To:ALL |
…でも、確かに何かの拍子で記憶を取り戻した時に、「父親が家族を殺した」なんていう誤解が残るのはいやだな… わかった、俺もミシャルカちゃんの記憶を取り戻させるのに賛成するよ。 |
■ ノエル To:ALL |
私は、やっぱりミシャルカちゃんの記憶は取り戻させるべきだと思う。 理由はいろいろあるんだけど、ミシャルカちゃんのためだけではなくシュゾさんたちのためにもね。 |
雨にかすむ「トーレス商店」の建物に、ノエルはちらりと目をやった。
■ ノエル To:ALL |
おそらく、誰よりもミシャルカちゃんのこと心配しているのはシュゾさんたち家族でしょう? それなのに、ミシャルカちゃんは自分にそんな家族がいたことも、いっぱい愛されていたことも、死んだことさえも理解できないの。 そんなの悲しいじゃない。一番自分たちのこと覚えていて欲しい人に忘れられてしまうなんて。そして、一番好きだった人たちのこと忘れてしまうなんて。 |
こみ上げてくるものがあるのか、はぁっと一つ、熱い息をついた。
■ ノエル To:ALL |
でも、一番気になるのはミシャルカちゃんの感情のこと。 魔神を見たときの反応からして、恐怖の感情は多少なりとも戻ったように思えるけど、他の感情に関してはまだわからない。 戻っていたとしても、完全に働くかどうかもわからない。 それが不安なの。 |
ここで一度、ミシャルカのほうを見遣る。
■ ノエル To:ALL |
人間ってね、泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり、傷ついたり傷つけあったりして成長していくものだと思うの。 けど、感情が働かなければそんな気持ちにもならないし、成長もできない。 それじゃ、この子のためにならない。 第一・・・ 恋することもできないじゃない |
ノエルはそっと、指先で目許を拭った。
■ ノエル To:ALL |
もし記憶を取り戻すことで感情をも完全に取り戻すことができるのなら、なんとしても記憶を取り戻すべきよ。
今回ミシャルカちゃんは記憶喪失になることでつらい記憶を封印した。 でも、それは悲しい記憶から逃げていること。 悲しいからって真正面から向き合わずに逃げていたら、逆に本当の喜びも感じ取ることできなくなってしまうんじゃないかしら。 |
自分自身に言い聞かせるかのように、続ける。
■ ノエル To:ALL |
そりゃ、小さな女の子にこの現実を見せるのはつらいことよ。 一人で立ち向かうことができなかったからこそ記憶喪失になるよりほかなかったの。 けど、誰かそばにいて支えてあげることができたらきっと、つらい記憶もこれから生きていくための力に変えることができると思うの。 |
ノエルの熱のこもった言葉を受け、ウィードバルは目を閉じ、思考を巡らせる。
■ ウィード |
人が人であるために必要なもの…。 |
しばしの間をおいて、彼の口からつむぎ出されたのは……。
■ ウィード |
…思い出… |
ウィードバルの瞼の裏には、妹ウィリンの笑顔が鮮明に映し出されていた。目を開き、ペンダントを取り出すと、きつく握り締めた。
■ ウィード |
失うわけにはいかない! |
そして、一同を見据えて言った。
■ ウィード To:ALL |
…考えが変わったよ。 思い出を失ってしまった今のミシャルカは抜け殻そのものだ。 あの娘が封印した記憶を取り戻してあげたいと思う。 |
■ アトール To:ノエル |
さあ、ノエル。みんなの意見はだいたい出尽くしたみたいだぜ。 一人の人間の将来を左右する決断を、俺らなんかがして良いのかどうかは、はっきり言って解らないけど、きっといつか神様が判断してくれるだろう。 |
ア・トールは、一度皆をゆっくりと見回し、最後に再びノエルの空色の瞳を見つめた。
■ アトール To:ノエル |
辛いだろうけど、これもリーダーの役割だ。 俺らは、リーダーの・・・ノエルの決定に従う。 どうするか・・・決断しよう。 |
ノエルは、自分を注視する仲間の全ての顔を見渡した。
■ ノエル To:アトール |
つらいことなんてないよ。 みんなの気持ちは固まっているんでしょう? だったら・・・ミシャルカちゃん連れてお店に行きましょう。 |
すっと椅子から立ち上がり、ノエルはミシャルカの許へ歩み寄る。腰を落として少女に視線を合わせ、そして、ゆっくりと話しかけた。
■ ノエル To:ミシャルカ |
ミシャルカちゃん・・・おねぇちゃんたちと一緒に来てほしいの。 あなたの大切なもの取り戻しに行くのよ。 けど、そのときにとても怖い思いをするかもしれない。見たくないかもしれない。逃げ出したくなるかもしれない。 でも大丈夫だから。 あなたはひとりぼっちじゃない。 怖かったら・・・悲しかったら・・・好きなだけ泣いたらいい。 温かい手をさしのべてくれる人はいっぱいいる。私もそばにいてあげる。 |
少女に向かって語りかけながら、ノエルは自分自身をも励ましていた。これから目の当たりにするであろう光景を想像すると、少々気が重いのである。
■ ロゼルナ To:ノエル |
あんた、なに言ってるんだよ? あんな……、あんなひどいものをこの子に見せる気なのかい!? そんなばかな……! |
動揺と憤りを露わにして食ってかかろうとするロゼルナを、リーシェが押しとどめる。
■ リーシェ To:ロゼルナ |
ロゼルナさん、落ち着いて! この子が記憶を、思い出を取り戻すためには、そうするよりほかないのです。 |
■ ロゼルナ To:リーシェ |
記憶なんか取り戻さなくたっていいじゃないか! ミシャルカは、あたしが面倒みて、きっと幸せにしてやるよ! ……家族みんながむごたらしく殺されちまってるんだよ? そんなもの見たら、この子、どうなっちまうことか……。 |
ロゼルナの言葉に気圧されたように、リーシェは黙りこくってしまう。慈愛の女神に仕える者として、彼女の心も激しく葛藤しているのであろう。
言葉に詰まったリーシェに代わり、片づけ仕事の手をいったんとめた店主が、ロゼルナに語りかける。
■ おやじ To:ロゼルナ |
お前さんも、この人たちの話を聞いていただろう? 決していいかげんな気持ちでミシャルカに惨状を見せようといってるんじゃあない。もう一度衝撃を受けるミシャルカのつらさ、
記憶を回復したことで受けるだろうこの子の苦しみに充分思いを致したうえで、それでも過去の思い出を取り戻し、現在の事実を知ったほうが、
ミシャルカの幸せのためになると考えてるんだよ。 悩みに悩み抜いて導き出した若い者たちの結論を、ここは尊重してやろうじゃないか、なあ? |
ややあって、ロゼルナは言った。
■ ロゼルナ To:ノエル |
……分かったよ。あんたたちに任せることにするよ。 |
ロゼルナは大きな厚い手のひらで、ミシャルカの頭をそっとなでてやった。
■ ロゼルナ To:ミシャルカ |
さ、お姉ちゃんたちとお行き。そして、元気に戻っておいで。 |
■ ミシャルカ To:ロゼルナ |
……うん、おばちゃん。 |
■ リーシェ To:ノエル |
わたしも一緒に参ります。 |
「紅の河」亭に店主とロゼルナを残して、一行は「トーレス商店」へ向かった。
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