「慈しみの天秤」
エピローグ
翌々日の午後、冒険者たちはオランの街へ戻ってきた。穏やかな陽光がふりそそぎ、さわやかな風が優しく頬をなでているというのに、彼らの心はつゆいささかも浮き立ちはしなかった。
口を開こうとする者さえなく、その足取りはあくまで重い。
* * *
あのあと、「生ける人形」と化してしまったミシャルカを「紅の河」亭に連れ戻った彼らを見て、店主は絶句し、ロゼルナは半狂乱に陥った。
冒険者たちが尋問にかけるつもりであった下級魔神ダブラブルグは、怒り狂うロゼルナによって、彼らが制止する間もなく殴り殺され、原形をとどめぬ姿となった。
もっとも、仮に怪物の回復後に尋問を試みたとしても、人とは全く異質の精神構造を持つといわれる魔神のこと、有益な話は聞き出せなかったに違いないが……。
少々時間をおき、状況が落ち着くのを待ってから、宿の二階の一室で、店主、ロゼルナ、リーシェ、そしてロンたち及び彼らの呼んできた村長をまじえて、
今後についての話し合いが行われた。
まず、ミシャルカはロゼルナが家に引き取って世話をすることとなった。冒険者たち、殊にノエルは再三引き取りを申し出たが、ロゼルナたちは静かに、
しかしきっぱりとそれを拒絶した。客観的に判断しても、出会って数日にしかならぬ者たち、それも明日をも知れぬ冒険者風情などに預けるよりも、
生まれたときから少女のことをよく知っていて、同じくらいの年代の子もいるロゼルナの家庭で面倒をみてもらうほうが、やはり賢明な対応といえるに違いない。
なお、リーシェは、しばらくの間、ロゼルナの許に居候し、ミシャルカを見守ることとなった。
また、あるじのいなくなった「トーレス商店」は、さしあたり、見習いとして筆頭だったロンが引き継ぐことになった。トーレス家には、
跡を継いだり「遺産」を受け取ったりすべきめぼしい親類がなかったためである。まだ若いロンには少々荷が勝つとも思われたが、「紅の河」亭の主人やロゼルナが有形無形の支援をしていくということで落ち着いた。
そして最後に、冒険者たちへの報酬が話し合われた。依頼の遂行に伴うリーシェからのそれはともかく、村長が申し出た謝礼については、
彼らは一様に受け取りに消極的で、中にははっきりと拒否する者もいた。しかし結局のところ、「怪物をうち倒してこの村を救って下すったことは確かなのじゃから」との村長の強い押しに、
しぶしぶ従うかたちとなった。現金報酬は銀貨700枚。それにオランの街へ戻るまでに必要な量の保存食がつけられた。現金については、その場ですぐに村長の手から冒険者たちに渡されたのだが、
複雑な面持ちでそれを受け取る彼らより、村長の胸中のほうがより複雑であったことは、想像に難くない。また、リーシェからは、あらかじめ支払われている前金を除いた報酬の残金、
すなわち銀貨900枚の代わりに、その晩遅く、ろうで封をされた一通の手紙が手渡された。彼女曰く、「これを『銀の網』亭のご主人にお渡し下されば、お約束の謝礼がみなさんに支払われることになっています」とのことであった。
前日の猛雨が嘘のように晴れあがった翌朝、冒険者たちはコスメル村をあとにした。まだぬかるみの残る地面を踏みしめて、一行はゆっくりと進む。
村の出口にさしかかったところで、ノエルは静かに振り返り、トーレス一家への弔いの言葉を捧げた。彼女の視線の先に、彼らを見送る人の姿はなかった……。
* * *
「銀の網」亭の扉を押し開くと、そこはいつものけだるげな午後の酒場の風景だ。冒険者たちは沈鬱な表情を貼りつけたまま、テーブル席に腰を落ち着けた。
一人カウンターへと向かったノエルは、懐から筒状に巻かれた羊皮紙を取り出し、主人に差し出した。リーシェから渡された手紙である。
「どうしたね、そんなに浮かない顔して。仕事で何か失敗でもやらかしたか?」
曖昧に微笑みを返すだけのノエルをとりあえずおいて、主人は手紙の封を切り、目を通し始める。ほどなく読み終えた彼はいったん奥に消え、
戻ってきたときには片手に小袋を提げていた。
「これがリーシェさんからオレが預かっといた、お前さんたちへの報酬だ。あの人から受け取ってから何もいじっちゃいないから、中身に間違いのあるはずもないが、
もし心配ならここで調べてくれてもかまわんよ」
ノエルは黙ってうなずく。
「それと、これはお前さんたちへの手紙だそうだ。オレへの手紙の中に巻き込んであった」
主人が差し出したそれは、彼らがここまで運んできた手紙より一回り小さいものだったが、同じくろうで封がしてあった。
「……何があったのかは知らんが、仕事に失敗したわけでもなかろうに、そんなに暗い顔をしなさんな。死神にでもとり憑かれちまうぞ」
主人の、事情を知らぬがゆえの残酷な言葉を背中に聞きながら、ノエルは仲間の待つテーブル席へ歩を進めた。受け取った小袋をテーブルの上に置き、
椅子を引いて腰掛けると、彼女は彼ら宛ての手紙の封を切った。そこには、あの依頼書と同じ丁寧な文字で、次のように記されていた。
“みなさんには、心より感謝しております。
依頼を引き受けていただいたとき、正直、わたしは気がかりでした。
この人たちは、本当にわたしの、何よりミシャルカのために力を尽くしてくれるのか。
単に報酬に――少ないとはいえ――ひかれて、気楽に話に乗ってきただけではないのか……。
しかし、そんな不安はすぐに吹き飛びました。
わたし以上に親身になってミシャルカのことを気遣って下さるみなさんを見て、
わたしは自らの未熟を改めて思い知らされたのです。
短い間でしたが、みなさんと一緒の時を過ごすことができて、わたしは幸せでした。
ミシャルカも、きっと幸せだったに違いありません。
わたしは「慈しみとは何か」との問いを、一生胸に抱き続けていくことでしょう。
みなさんとわたしの「慈しみ」は誤りだったのかと、自らと自らの仕える神に問いかけ続けることでしょう。
そして――、わたしは神の大いなる奇跡を信じ続けます、
「心からの笑顔」がミシャルカに戻るその日まで。
光の神々のご加護のあらんことを”
了
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GM:みなみ
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