月影通り
公園を離れ、白波通りをしばらく歩くゾフィーとライチ。
やがて、見逃してしまいそうなほど細い裏道に入った。
いきなり人通りがとだえ、大通りの喧噪もあっという間に遠のいていく。
曲がりくねっているせいで視界は悪い。
■ライチ To:ゾフィー
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この通りをもう少し行ったところにあるよ。
それにしても、昼間だって言うのに雨のせいで暗いね〜。
雨は嫌いじゃないけど……、ここまで続くと、さすがに青空を見たくならない?
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■ゾフィー To:ライチ
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実を申しあげますと、わたくしこれまでの人生の大半を地中で過ごしてまいりましたの。
見渡す限りの青空なんぞ見たのは、今回の航海が初めて。
ですからね、ここだけの話、今のわたくしは天気そのものを楽しんでいましてよ。
吹きすさぶ嵐も、濡れそぼる路地も……。
暗さが負担にならない身に生まれついたことは、ブラキに感謝してはおります けれどね……。
…………。
……そうね、とりあえず早いところ参りましょう、眼鏡をなんとかするためにも。
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白壁に包まれた狭い空間。
しっとりと濡れた空気がふたりを包んでいる。
■ライチ To:ゾフィー
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ミガクの奴はね、ちょっと変わってるけど良い奴だから。
モザイク画なんて、手間の割にはそんなにお金にならないし、余裕無いはずなのに、 身寄りの無い子を引き取ったりして。
ドワーフにしては柔軟……あ、ごめん。
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失言を恥じるように苦笑しつつ、口元を押さえる。
その時、ゾフィーはある気配に気がついた。
曲がりくねった細い路地を、ついてくる気配がひとつ。
「それ」は、足音をせいいっぱい殺しながら、着かず離れずふたりを 尾けてきていた──まるっきり素人の足音だったが。
■ゾフィー To:ライチ
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謝る必要はございませんわよ。
わたくしだって「エルフにしては柔軟」くらいの言い回しは使いますもの。
比喩は比喩、むしろ、それを悪びれる意識のほうが問題ね。
……それからドワーフには、こと教育に関しては、皆が責任を持つものという 考えを持つ者が多いですわ。
ですからあなたの話を伺って、わたくしはミガクさんとやらの行動は、 いかにもドワーフ的という印象を持ちましたの。
その子は良い導き手に恵まれたかもしれませんわね。
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■ライチ To:ゾフィー
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そっか……。その子ね、私が港でうずくまってるところを保護したの。
昔のこと、何も話さないし……心配してたけど……何だかそれを聞いて安心した…… 。
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嬉しそうに空を仰ぐライチ。
その横で、ゆっくりと歩みを止めたゾフィーは、肩越しに背後を振り返った。
■ゾフィー To:足音の主
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ねえ、あなたもそうは思いませんか?
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ゾフィーの言葉に、思わず振り返る。そして、そのまま息を飲んで硬直した。
■??? To:ゾフィー
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……今すぐ、そのエルフから離れて。
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ふたりの背後、通りの死角から姿を現したのは、 全身真っ黒な装備品に身を包んだ、長身の女性エルフ。
その姿はゾフィーの隣にいるライチとうりふたつ、まるで鏡を見ているかのように。
顔立ち、髪の色、服装、腰に帯びた曲刀さえも、そしてよく通る声も。
■現れたライチ To:ゾフィー
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……死にたくなかったら。
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■ライチ To:現れたライチ>ゾフィー
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な、何……?
とりあえず、妙な精霊の力は感じないよ。
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困惑の色を隠せず、眉をしかめながらも、小声でそう伝えてくる。
■ゾフィー To:現れたエルフ
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脅迫なさるおつもりなら、具体的にしめしてくださいませんか。
すぐに襲いかからなかったというところからみて、交渉の余地はありそうですわね?
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別段身構えもせず、ゾフィーはゆっくりと身体の向きを変え、もう一人のエルフに向き直った。
■現れたライチ To:ゾフィー>ライチ
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……邪魔しないでいて。できれば逃げて。
私が「追って」いたのは、そっちの化け物だから。
ねぇ、私のフリはもう終わりだよ。
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現れたライチは、静かな落ちついた声で──しかし長いことこの瞬間を待ちわびていたかのような声色で言い放つ。
そして腰に帯びていた剣の柄に左手をかけ、じり、と近づいた。
■ライチ To:ゾフィー
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ゾフィーさん、よくわかんないけど私が目的みたい。
先にこの通りを行って、ミガクのところに逃げて。
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ライチはゾフィーをかばうかのように半身前に出た。
■ゾフィー To:ライチ
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とりあえず、おふたりが紛れてしまう前に……これを落とさないように、 どこか分かるところに身につけてくださいません?
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ゾフィーはすばやく銀の扇をライチに手渡した。
ゾフィーの意図を察したかのように、ライチは自然な動きでそれを受け取ると、背中側のベルトに差し込んだ。
■ゾフィー To:現れたエルフ
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事情はわかりませんが、出会い頭に「化け物」よばわりして柄に手をやるひとと「私が目的だから逃げて」というひとがいたら、後者の肩を持とうとするのが普通でしょうね。
わたくしが5日ほどみてきた限り、このひとは「化け物」のような行動をみせるどころか、人命救助に心をくだいておりましたが……。
やり合う前に、事情を説明していただけませんか?
さもないと、わたくし、こちらに肩入れをせざるを得ませんのでね。
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■現れたライチ To:ゾフィー
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……見た者の姿をすっかり「複製」する悪魔のことを知っている?
あなたの隣にいる悪魔は、私に成り代わってこの町を出て行った。
初めて会うあなたに証明するすべはないけれど……
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低く落ち着いた声でそう言うと、目の前のライチに向き直る。
■現れたライチ To:ライチ
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……何が目的だったの。そして何を得て戻ってきたの?
消したつもりだった本物が生きていて驚いた?
剣を抜いてみてよ。刀身が邪悪な炎を帯びているはず。
それが「悪魔」である証明――
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■ライチ To:現れたライチ
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な……っ!
馬鹿なこと言わないでよ! 何を根拠にそんなことを……!
それに……その言葉、私と母に対する侮辱……だね……?
何者だか知らないが……
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ゾフィーの半歩前にいるライチは、剣に対する言葉を聞いたとたん、 声に怒りの色を帯び始めた。
左手が滑るような動きで剣の柄にかかる――。
■ゾフィー To:ライチ
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気持はわかります、でも、そこで剣を抜いたら相手のペースよ。
探りを入れます、相手にできるだけしゃべらさせて頂戴……
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そう囁きながらゾフィーはライチの右側に半歩移動し、現れたエルフとライチとに見比べるように目をやった。
ライチの剣の柄を握る手がほんの少し緩んだように見える。
しかし現れたライチのほうは、いつでも抜刀できる体勢を緩めてはいない。
■ゾフィー To:現れたエルフ&ライチ
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証明ね、では、どちらが本物か質問をさせていただいてもよいかしら。
イーンウェンに昔から伝わる物語はご存じですか。
嵐と津波を起こしてイーンウェンの土地を沈めようとした怪物の伝説は。
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■ライチ To:ゾフィー
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……私が知っているのは……さっき言ったとおりだよ。
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■現れたライチ To:ゾフィー
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“ヴィルコ”のことね……。
その悪魔は、元になった人物の記憶をもコピーできるの。
だから……そんな質問では証明できない。
証明するには殺すしかない。そうすれば、元の姿に戻るから──。
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重く、静かな口調でそう言うと、現れたライチは左手で弧を描くようにゆっくりと曲刀を抜いた。
刀身は夜の海を思わせるような、どこまでも深い漆黒。
■ライチ To:ゾフィー>現れたライチ
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! あの剣は本物じゃない! ……姿形だけ真似ているのは、お前の方じゃないか……!
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ライチも素早く身構える──が、ゾフィーの言葉がかろうじて理性を留めているのか、左手はまだ柄を握りしめたまま動かない。
■ゾフィー To:現れたエルフ
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なるほど、記憶をね。
でしたら、無駄かもしれませんけれども、あと一つだけお付き合いいただけません?
あなたの……名付け親のお名前を教えていただけないかしら。
もしかすると、その方がわたくしの探しているひとなのかもしれませんのでね。
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■現れたライチ To:ゾフィー
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名前? 自分で考えたの……。
……。
突然現れてこんなことを言って、疑われるのは当然……。
これ以上は「目に見える形で」証明するしか無い。時間もないし──。
あなたには危害を加えない。だから邪魔をしないで。
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現れたライチは、降りしきる雨を切り裂くように空中を薙いでみせ、円を描くように返した切っ先をライチに向けた。
それを見てライチも剣を抜き放つ。
刀身は対峙者と同じように漆黒だったが、鞘から引き抜かれた根元からは、舐めるような炎が吹き上がり、一瞬にして刃を包み込んでいた。
■ライチ To:ゾフィー
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ゾフィーさん。……さっき言った孤児の女の子に、会って欲しいの。
……相手が……どれだけ強いのかわからない……だから……今のうちに逃げて……ミガクのところへ行って!
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■ゾフィー To:ライチ
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……万が一ミガクさんが入れ替わっていた場合、ひとりでは判断がつきかねますのよ。
わたくしには「危害を加えない」と言っておりますから、最初の一手は見極めさせてもらいます。
そうそう、相手はこちらをまっすぐに見ているようですわ、ご用心あそばせ。
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■ライチ To:ゾフィー
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……。
……うん…わかった。
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懸命に相手を捉えようと目を凝らすライチ。
その横顔は、自分のすぐ隣にいてくれる存在に心強さを得たのか、迷いの無い表情になっていた。
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