「慈しみの天秤」
プロローグ
冒険者の店、「銀の網」亭。
酒杯の打ち合わされる鈍くも力強い音や、吟遊詩人の甘やかな歌声、そして、おそらくは真実半分ほら半分といったところであろう冒険譚を披露する、
威勢のいい大声。数刻ほど前まで、飽和しそうなまでに充満していたにぎやかな盛り上がりは、いまではかすかにその残滓が認められるに過ぎない。
あたりを照らす角灯も、半分ほどはすでに火を落とされており、薄暗い店内は、夜の更けるのを息を潜めてじっと待ち受けるといった趣であった。
人影もまばらになったその店内の片隅に、一人の妙齢の女性の姿があった。
肩の高さで切りそろえられた漆黒の髪に、鳶色の瞳。眉目は特別に人目を引くほどではないが、どことなく品の良さを漂わせている。硬革鎧にやや小柄な身を包み、
腰には小剣を提げるというそのいでたちは、いかにも冒険者風なのだが、それにしては不思議なことがあった。幼子連れなのである。
その少女の年の頃は、九つか十。ゆるく波うつ亜麻色の髪は、か細い首筋から背中へと流れ、薄紅色の唇はわずかに開かれている。瞼を閉じたうつむきかげんの姿勢は、
明かりに映える白い肌と陰翳の部分との対比を際だたせ、少女にどこかはかなげな印象を与えていた。
固い面持ちでテーブルに向かって何か書きものをしていた黒髪の女性は、羽根ペンをおくと、自分の二の腕にもたれて眠ってしまった少女に目をやった。
そっと頭をなでてみる。規則正しい、穏やかで小さな寝息を感じて、ふっと心が和らぐとともに、力になってやりたいとの切なる思いが、胸の奥深くからわき上がってくる。
彼女は少女が目を覚ましてしまわないように、椅子に腰掛けたまま静かに手を挙げて、店の主人を呼んだ。
「どうしたかね?」
やがて姿を見せた主人に、彼女は書き上げたばかりの自筆の依頼書を示し、冒険者を斡旋して欲しい旨を伝えた。彼は、依頼書の文面と彼女の傍らで眠る少女の顔をそれぞれ一瞥すると、
うなずいた。
「よかろう。こいつは掲示板に貼っといてやるよ。今晩はうちに泊まってくんだろ? 斡旋料はまけとくよ」
「ですが……」
「いいんだよ。それより、お前さんの名前を聞いておこうか」
主人は片方の眉を軽く上げる仕草で、女性をうながした。
「リーシェ、と申します。よろしくお願いいたします」
「あいよ」
言いながら手を振り、自分の許から歩み去っていく主人の背に向けて、リーシェと名乗った女性は軽く頭を下げた。そして、自らの仕える大地母神に対し、
少女への加護を願うのであった。
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GM:みなみ
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