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029 犬と狐は踊らない


 「ダリア!」
燃えるような赤毛の美人が一行に走り寄って来る。
そしてシェリアを抱きしめて嗚咽を漏らす。

 その女性の素性は高級娼婦。
仕事用の名であろう、”レッド”と名乗った。
ダリアとはジェレイドに誘拐された女性、
つまり今のシェリアの事ようだ。
ダリアは誘拐の前夜、レッドに恋人と駆け落ちすることを告白していた。
その恋人が大きな仕事を片付けた後、
組織を抜けてオランを出る。だから一緒に行くと。
 レッドはその恋人と会った事はないが、
真っ当な仕事の者ではないという噂は聞いていた。
普通、組織を抜けての逃避行には確実な死が待っている。
レッドはその危険な行為を止めようとした。
しかしダリアはもうひとつの告白とともにそれを拒否した。
自分はもう長くない命だからと。

 シェリアは当惑しながらも、
泣き止まないレッドの赤い髪を優しく撫でる。
 一行は彼女達を宿屋に残し、衛士詰所への報告に向かった。

 報告を終え、最後にジェレイドが隠し持っていた文書を手渡す。
話を聞いていた衛士長は、それを見て顔色を変える。
すぐさま暗号が解読され、衛士達に次々と指示を出して行く。
 文書はオランの要所を狙うテロの命令書だった。
 「薔薇を咥えた犬と狐が踊る」
 ジェレイドに向けられた命令の内容だ。
 現在の調べで”薔薇”はオランに長期潜伏している間者の
通り名と判明している。
 文書には日時と場所が記述されていた。

 一刻後のオラン郊外。一人の男が捕らえられた。
男の名はローズ・トロア。オランに出入りする行商の薬師だ。
 尋問は苛烈を極めた。数刻の後、トロアはファリスとシーフギルドを
アウスという村に派兵させ、手薄を襲撃する計画を自供した。
陽動の一端ではあるが、全計画を総合すると
予想される死傷者数は1万人を超えるという。

 既にアウスはジェレイドの根拠地という情報が広まっており、
ファリスは派兵の編成を済ませて出立の後であった。
 すぐさまファリス隊へ早馬が放たれ、ギルドには情報提供が行われた。

そしてオランは今日も、変わり映えの無い一日が始まった。

ただその日、ある宿屋の一室だけは例外だったようだ。
間者ジェレイドの陽動を阻止し、
オランの危機を未然に防ぐ情報をもたらした無名の冒険者達を求めて、
街の名士達が次々と訪問してきたのだから。

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